質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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第63回 熱海梅園梅まつり(3) 蝋梅(ロウバイ)
蝋梅-1
蝋梅-2

 熱海梅園に、わずかに残っていました 「蝋梅;ろうばい」 の花です。 花の少ない正月ごろから咲き出す、とてもいい香りがする花です。 英名;Winter sweet  中国原産で、日本には17世紀に渡来したとされています。 別名 「唐梅;からうめ」 「南京梅;なんきんうめ」 ともいいます。
 “蝋細工”のような梅に似た花から 「蝋梅」 の名になったらしい。 また、蝋月(ろうげつ;陰暦の12月)に、梅に似た花を咲かせるところから、とも言われています。
 よく見られる蝋梅で 「素心蝋梅(そしんろうばい)」 があります。 花の外側だけでなく内側も黄色いのが特徴です。 今回撮影した蝋梅は正しく 「素心蝋梅」 です。
 
  ≪蝋梅の花ことば≫・・・先導 ・ 先見 ・ 慈愛 ・ 優しい心
| 熱海梅園 | 19:10 | comments(0) | - |
第63回 熱海梅園梅まつり(2) 可憐な梅の花です。
梅の花-1
梅の花-2
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 明治19年に開園しました 「日本一早咲きの梅」 で知られています熱海梅園は、毎年11月下旬から12月上旬に第一号の梅の花が咲きます。
 樹齢100年を越える梅の古木を含め、約730本、64品種の梅が咲き誇ります。 早咲き、中咲き、遅咲きの順で開花していきますのでこれから3月上旬まで十分楽しめます。 1月28日現在2分咲きです。
| 熱海梅園 | 19:08 | comments(0) | - |
もう春です! つるし雛展開催 秩父宮記念公園
つるし雛展-1
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 静岡県御殿場市にあります 「秩父宮記念公園」 にて、本日(1月29日)より3月24日(土)まで 「つるし雛展」 が開催されています。 早速撮影に行ってきました。
 外はまだ冬の真っ最中ですが、この展示場はもう春です。 地元、JAつるし雛愛好会・JA女性部手芸部の皆さんや先生方の丹精込めた手作りの作品です。 心和む素晴しい出来栄えです。 見に来て下さいおすすめの展示品です。
 また、当記念館は秩父宮殿下、妃殿下が昭和16年以降、御殿場御別邸として御移居された場所です。 現在はご夫妻の記念館として一般に公開されています。 当時を偲ぶ品々が展示されています。 つるし雛と併せてご覧下さい。
| 静岡ぶらり旅 | 19:32 | comments(3) | - |
第63回 熱海梅園梅まつり(1) きれいですよ!ミス熱海梅娘
熱海梅まつり-1
第63回 熱海梅園梅まつりが開催されています。
熱海梅まつり-2
満開の早咲き梅一輪です。 全体として2分咲きです。
熱海梅まつり-3
今日来園されたお客さんはラッキーです。 甘酒の無料サービスでしかも 「ミス熱海梅娘 」 からの手渡しです。 筆者も戴きました。 特別に美味しい甘酒でした。
熱海梅まつり-4
きれいな方です。 ミス熱海梅娘です。 一瞬だけ専属モデルになってもらいました。

 平成19年 第63回熱海梅園梅まつりが1月14日〜3月11日まで開催中です。
今日現在開花状況はまだ2分咲きです。 ピークは2月中旬とのこと。 毎週日曜日は「ミス熱海梅娘」に出会えますよ。 是非、お出かけ下さい。
| 熱海梅園 | 19:33 | comments(0) | - |
佐賀県の旅(71/完) 唐津その18/完 唐津曳山展示場
曳山展示場
唐津市民会館横に設置されています 「唐津曳山展示場」 です。
5番曳山 鯛
5番曳山 鯛 魚屋町 弘化2年(1845)
8番曳山 金獅子
8番曳山 金獅子 本町 弘化4年(1847)
まとい
13番曳山 水主町(かこまち)の 「まとい」 です。
台車
曳山の台車です。

      昭和55年国指定 重要無形民俗文化財 「唐津くんち曳山行事」

 城下町としての唐津の町は、慶長の頃(西暦1600年頃) 寺沢志摩守広高が唐津城を築いた時に始まりますが、唐津っ子の産土神である唐津神社の秋祭りは、築城前の古くから行われていました。 町人衆の篤い敬神の誠は、文政2年(1819)刀町の赤獅子の奉納に現れ、以来明治9年までの57年間に15台の曳山が次々と奉納され(うち紺屋町の黒獅子は明治中期に損滅)これらの貴重な町人文化の遺産は、幾多の苦難に耐えて守り継がれ、曳き続けられてきました。
 豊穣の秋祭り 「唐津くんち」 は、毎年11月3・4日に行われていますが、2日の夜は宵曳山(よいやま)と呼び、14台の曳山は飾り提灯に彩られ、万燈に映える金銀丹青も鮮やかに華麗なる巡行が展開されます。
 翌3日(文化の日)は、唐津大明神が御旅所へ御神幸される日で、御輿に供奉する曳山は、江戸時代の町火消装束を今に伝えて、黒木綿の腕貫・腹掛・股引等に身を固め、各町ごとに意匠をこらした、いなせな法被(はっぴ)姿の曳子たちが、鉦・笛・太鼓の勇壮豪快な曳山囃子(やまはやし)につれてある時は走り、ある所は緩るく市中の巡路を引き廻ります。 なかでも御旅所のある西の浜での曳込みは 「唐津くんち」 の圧巻で、重さ2〜4トンもある曳山がが轍(わだち)も深く競い合い、死力を尽くして砂地に挑むその姿は、壮快無比な景観であり、数万の観衆を魅了します。
 続く4日は御神幸はなく町民の祭りとして、ほぼ前日と同じ町々の巡路をゆっくりと曳き廻りますが、「一閑張;いかんばり」 と呼ばれる工法によるこの曳山は、木組み・粘土の原型や木型の上に和紙を数百回張り重ね、麻布を張り、幾種類もの漆で塗り上げ、金銀を施して仕上げたもので、完成までには2年前後の歳月を要したと伝えられています。 多種多様な姿態の造形美は稀に見る優れた工芸品として、佐賀県の重要有形民俗文化財に指定されています。(からつ曳山展示場のパンフレットより)

 今回は展示されている曳山しか見ることが出来ませんでしたが、素晴しい工芸品です。 展示場ではビデオも上映されており、秋祭りの様子を見ることが出来ます。 是非、この勇壮で豪華な秋祭りを実際に見に来て下さい。

 ’06年11月4日より71回にわたって写真展示しました佐賀県の旅、鳥栖、佐賀、小城、伊万里、唐津は今回で一旦終了とします。 来年の帰郷時に、再度佐賀県を旅し撮影をしたいと思っています。 今回撮影できなかった吉野ヶ里遺跡、呼子、有田町、武雄温泉、嬉野温泉など、筆者の郷土、佐賀県は見所いっぱいの魅力あふれる観光地です。 是非、一度お出かけ下さい。 
| 佐賀・唐津の旅 | 19:18 | comments(2) | - |
佐賀県の旅(70) 唐津その17 唐津神社
唐津神社-1
唐津神社-2
唐津神社-3
唐津駅から徒歩10分のところにあります 「唐津神社」 です。

 奈良時代の天平勝宝7年(755)に創祀されたと伝えられる古社で、祭神は住吉3神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)と、神田宗次が祀られています。
 この地は、神功(じんぐう)皇后が、新羅遠征に際して海辺に住吉3神を祀り、海路の安全を祈願した所で、凱旋のとき宝鏡を捧げたと伝えられ、その後、奈良時代になって、この地の地頭 神田宗次が海浜で宝鏡を発見してこれを祀り、その由緒を奏上して、唐津大明神の神号を賜わったのにはじまると伝えられています。
 秋祭りは 「唐津くんち」 とよばれ、11月2日の宵山(よいやま)から11月3・4日の曳山(ひきやま)まで盛大に行われます。 勇壮華麗な曳山がくり出す市民上げての伝統行事で、その名は全国的に名高いものです。
| 佐賀・唐津の旅 | 19:15 | comments(0) | - |
佐賀県の旅(69) 唐津その16 唐津市近代図書館
唐津市近代図書館-1
この立派な建造物は 「唐津市近代図書館」 です。
唐津市近代図書館-2
正面入口から見える二階に上がる階段です。
唐津市近代図書館-3
正面に設置されています磁彩レリーフです。 HPで次のように紹介されています。
唐津出身の画家、森 通(もり とおる;独立美術協会会員)氏の油彩 「大地・・・黄砂の空」 が原画。 隊商のラクダの列が豆粒のように見える広い砂漠、黄砂を映して輝き拡がる大きな空。 光線の具合で微妙に変化するマティエール(絵肌)と色の調子で、内奥に秘められた強い力を静かに引き出すような大きな拡がりを表現。
唐津市近代図書館-4
唐津市近代図書館-5
磁彩レリーフの横に展示されています 『南極の石』 です。
 ここ唐津で、南極の石と出会えるとは思ってもいませんでした。 帰宅して、なぜ南極の石が 「唐津市近代図書館」 にあるのか、HPで調べてみましたがわかりません。 どうしても知りたくて図書館に電話をして、訊ねたところ親切に教えて戴きました。
 その答えは、南極観測砕氷艦 「しらせ」 号が、九州の北西部に位置した静穏な港 「唐津港」 に寄港した際に、艦長から唐津市長に この「南極の石」 が贈呈されたそうです。 唐津市としては沢山の人に見てもらうために、人が大勢集まるこの場所が選ばれたそうです。
 唐津へ行かれる機会がありましたら、是非この貴重な「南極の石」を見てください。 唐津市近代図書館は唐津駅のすぐ近くにあります。

| 佐賀・唐津の旅 | 19:09 | comments(0) | - |
佐賀県の旅(68) 唐津その15 唐津市役所
唐津市役所
雲一つない快晴の下、格調高い 「唐津市役所」 です。
唐津市民会館
唐津市民の文化活動の拠点的施設として、1204席の大ホールをはじめ各種会議室があります 「唐津市民会館」 です。

 平成17年1月1日、長い間協議を重ねておられた8市町村の合併が実現し、人口13万人余の新しい唐津市が誕生しました。 「“佐賀県ナンバーワン”のまちづくりに挑戦」 をスローガンとして、昭和36年生れ(45歳)の若き市長・坂井俊之氏を中心に、元気あるまちづくりに取り組んでおられます。 筆者も佐賀県出身者の一人として応援していきます。
| 佐賀・唐津の旅 | 19:18 | comments(0) | - |
佐賀県の旅(67) 唐津その14 河村美術館
河村美術館

 この建物は、唐津出身の河村 龍夫(かわむら たつお)氏が佐賀県認可第1号の財団法人美術館として1990年10月に開館しました「河村 美術館」です。 今回拝観する予定でしたが、撮影したこの日は残念ながら休館日でした。 現在の開館日は土・日・祝日のみです。
 当館には弱冠28歳8ヶ月で夭折した九州が生んだ天才画家 「青木 繁」 の作品を中心に、小磯良平、黒田清輝ら日本を代表する巨匠の作品から磁器、刀剣まで貴重なコレクションがおさめられています。

【ミニ知識】 青木 繁について百科事典や広辞苑に次のように紹介されています。
 青木 繁(あおき しげる)1882〜1911 明治後期の天才的洋画家
福岡県の生まれ。 東京美術学校で、黒田清輝の指導をうけ白馬会賞を受賞。 ロマン的(夢や空想の世界にあこがれ、現実を逃避し、甘い情緒や感傷を好む傾向)な独自の画風を生み出し、29歳で没するまでに 『海の幸』 『わだつみのいろこの宮』 などの名作を残した。(日本史事典)

 洋画家。 久留米生まれ。 東京美術学校卒。 窮乏と肺肝に苦しみながら明治ロマン主義を最もよく代表する作品を遺した。
作 『海の幸』 『わだつみのいろこの宮』 など。(1882〜1911)(広辞苑)

 明治期の洋画家。 久留米生まれ。 1899年上京、小山正太郎の不同舎に入る。 1904年東京美術学校洋画科選科卒。 その前年白馬会展に≪黄泉比良坂;よもつひらさか≫など日本神話に取材した画稿を出品、第1回白馬賞受賞。 1904年の 『海の幸』、1907年の 『わだつみのいろこ宮』 は大きな反響を呼んだ。 のち九州を放浪、29歳で病没。 美しい色調とロマン的な作風は、明治浪漫主義の絵画表現として近代日本美術の貴重な収穫となった。
福田蘭童(1905〜1976)はその子(百科事典)
| 佐賀・唐津の旅 | 19:20 | comments(0) | - |
佐賀県の旅(66) 唐津その13 旧唐津銀行本店
旧唐津銀行本店
重厚感と優美さを併せ持つ 「旧唐津銀行本店」 の外観です。
旧唐津銀行本店
EOS-30D・EF-S17-85mm(17mm)で撮影 これ以上は無理でした。
佐賀銀行 唐津支店
唐津駅前にあります、モダンな佐賀銀行 唐津支店です。

 写真の旧唐津銀行本店は、唐津市出身の建築家・辰野金吾の弟子、田中実氏が設計し、1912年(明治45年)に完成しました。 外壁は当時最新建築材のレンガ調タイルが使用され格調高い仕上がりになっています。

【ミニ知識】 唐津が生んだ建築界の巨匠たち(唐津市近代図書館発行資料より)
 辰野金吾(たつの きんご 1854〜1919)・・・明治時代の建築家 1854年(安政元年)唐津藩士の子として現在の唐津市坊主町に生れる。 1879年(明治12年)工部大学校(現東京大学)造家学科を第1回生として卒業。 すぐにイギリスへ留学、帰国後工部大学教授、帝国大学工科大学教授、工科大学学長、日本建築学会会長等の要職を歴任。 明治建築界最大の巨匠。
 代表作には日本銀行本店(1896・国指定重要文化財)、同大阪支店(1903)、両国国技館(1909)、東京駅(1914・国指定重要文化財)、大阪市中央公会堂(1917)などがある。 唐津近辺では、武雄温泉棟及び楼門、現福岡市立歴史資料館などがある。 また旧唐津銀行は氏の作品ではないが、氏の作風の流れをくむものとして知られている。 国会議事堂設計競技の審査員として活躍中、その結論を見ず1919年(大正8年)66歳で没す。

 曾禰達蔵(そね たつぞう 1852〜1937)・・・1852年(嘉永5年)江戸唐津藩邸に生れる。 小笠原長行公の小姓として幕末を迎え帰藩。 1879年(明治12年)工部大学校(現東京大学)造家学科を第1回生として卒業。 1881年工部大学校助教授。 1886年海軍省を経て1890年三菱社へ入り、三菱丸の内赤レンガ街、占勝閣などの建設に従事。 代表作 慶応義塾創立50周年記念図書館(国指定重要文化財)がある。 1937年(昭和12年)85歳で没す。

 村野藤吾(むらの とうご 1891〜1984)・・・1891年(明治24年)現在の唐津市東唐津に生れる。 1918年(大正7年)早稲田大学建築学科を卒業。 大阪の渡辺節事務所へ入り、チーフデザイナーとして活躍。 1929年(昭和4年)村野建築事務所を開設。 森五商店東京支店(1931年)、大阪パンション(1931年)など国際スタイルの建築をつくり注目される。 代表作 広島市にある世界平和記念聖堂(国指定重要文化財)がある。 1984年(昭和59年)、93歳で没す。
 


| 佐賀・唐津の旅 | 19:19 | comments(2) | - |
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