質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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金沢・能登の旅 その19 兼六園(7) 手水鉢、金城霊澤
兼六園-1
兼六園-2
兼六園 瓢池(ひさごいけ)の近くにある「伯牙断琴の手水鉢」。
兼六園-3
逞しく生きる木の根
兼六園-4
園内の美しい風景を見ながら、出口「随身坂口」へ向かいます。
兼六園-5
出口「随身坂口」から見る風景
兼六園-6
案内板に従って「金城霊澤」へ
金城霊澤-1
あづまやの様な四つ柱の建物「金城霊澤」。
金城霊澤-2
扁額に「金城霊澤」の文字
金城霊澤-3
天井に描かれた龍の絵。
金城霊澤-4
金城霊澤の湧き水。石組の井戸のようなところから水が湧いています。
鳳凰山-1
間口;約2.7m、高さ・奥行;2.15mの洞窟の中に「金城霊澤碑」が納められています。
鳳凰山-2
鳳凰山(ほうおうざん) 岩を積み上げて鳳凰の形にしたので、この丘を鳳凰山と呼ぶ。
大屋よしあつ翁之碑
 大屋よしあつ翁之碑。碑の頭上に二匹の猪が地球のような球を支えています。大屋氏は、加賀藩士出身で幕末で長崎などに留学していた地理学者で、石川県における皇国地誌編纂の中心人物だそうです。

JUGEMテーマ:写真

 金沢名発祥の地・金城霊澤(きんじょうれいたく) 金沢神社の境内に隣接する湧水。文政2年(1819)十二代藩主斉広(なりなが)が名付けて建てられたものです。ここには室町時代の頃、山崎村といっていたこの付近で藤五郎という若者が芋といっしょに掘り出したのが砂金で、ザルに入れた砂金をこの所に湧いて出る清水でふるい洗ったことから、ここを「金を洗った沢」金洗沢(かなあらいのさわ)といい、この金洗沢の金と沢を取り、金沢と云う地名になったのだというお話が伝わって居ります。(兼六園鎮守 金沢神社より)
| 金沢・能登の旅 | 19:00 | comments(0) | - |









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