質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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広島の旅 その82 鞆の浦編(9) 明圓寺、平賀源内生祠、南禅坊
案内板
 L脊せ(みょうえんじ) 松江山明圓寺(真宗大谷派)。室町末期(戦国時代)の石山合戦(1570年〜1580年)では、明圓寺住職が毛利軍と共に織田信長と戦いました。江戸時代を通して、朝鮮通信使の常宿でもありました。
 な寝豸仔眄吾(ひらがげんないせいし) 1940年(昭和15年)広島県史跡指定。美麗な鞆港を見下ろせる医王寺の参道の途中にあります。源内は自分の生前中に神として祀る(生祠)ように言い残したので、源内が寄寓(きぐう;他人の家に身を寄せること)していた溝川家は1764年(宝暦14年)に三宝荒神を祀りました。徒歩5分。
明円寺-1
松江山 明圓寺 山門
明円寺-2
明圓寺 本堂
明円寺-3
明円寺-4
境内に立つ「親鸞聖人御像」と親鸞讃歌。
平賀源内生祠-1
平賀源内生祠-2
平賀源内生祠-3
 平賀源内生祠 蘭学者、平賀源内(1728〜79)は讃岐・志度村(現・香川県さぬき市志度町)の生まれで、植物学・科学・劇作など多くの分野で活躍した人物です。長崎で学んだ帰り、鞆の浦の溝川家に立ち寄りました。その時、ここで陶法を取り入れた源内焼の製法を伝えました。生存中に神としてまつることを生祠(せいし)といい、1764(宝暦14)年溝川家がまつっていることから、平賀源内生祠ということがわかります。
南禅坊-1
福山市鞆町後地1339にある「海龍山 南禅坊 」山門。
南禅坊-2
南禅坊 山門・本堂は国の有形文化財に登録されています。
南禅坊-3
南禅坊-4
南禅坊・本堂 創建は建久元(1190)年。法然ゆかりの寺です。

JUGEMテーマ:写真

 楼門が立派な南禅坊(なんぜんぼう)は、1600年頃に建てられました。福(禅)寺の(南)の僧(坊)の住むところという意味から、南禅坊という名前になったようです。
 「春の海」で有名な作曲家宮城道雄の先祖のお墓もあります。本堂と山門7は、国の登録文化財になっています。鬼瓦にはいろいろな猿が彫られています。(掲示板より)
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