質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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鹿児島の旅 その36 桜島(4) 桜島ビジターセンター
桜島ビジターセンター-1
これより、桜島ビジターセンター、袴腰烏島溶岩探勝路へ。
桜島ビジターセンター-2
桜島ビジターセンター入口
桜島ビジターセンター-3
センター内展示場
桜島ビジターセンター-4
2014年10月27日撮影、現在の桜島爆発回数表示
去年(2013年);835回、今年(2014年);388回
桜島ビジターセンター-5
今の桜島―地震計波動映像 京都大学火山活動研究センター地震計
すべて現在の振動です。
桜島ビジターセンター-6
桜島爆発の瞬間をとらえた写真を撮影したものです。
桜島ビジターセンター-7
桜島ビジターセンター-8
2003年 ギネスブックにも登録された世界一大きな大根です。(31.1kg)
桜島ビジターセンター-9
 桜島と日の丸
 大正大噴火で埋もれた集落
 1914(大正3)年の大噴火より前、桜島は本当に島だった。 桜島と大隅半島の間には海峡があり、島を一周する舟漕ぎ競争 「島まわり」 も行われていた。 しかし、大正溶岩が海峡を埋め、桜島と大隅半島は陸続きとなった。 以後、「島まわり」 は不可能となる。 海峡だけではなく、瀬戸という集落も大正溶岩の下に埋もれた。 実はこの瀬戸村が 「日の丸」 と深いかかわりを持っている。
 大型船建造への時代背景
 江戸時代末期、桜島瀬戸村には造船所があった。 江戸時代と言えば、諸藩が幕府に反抗しないよう参勤交代や一国一城令などがあった時代。 大型船を建造することも禁止されていた。 しかし幕末になると欧米諸国の脅威がせまり、ペルーの黒船もやって来た。 幕府は大型船の建造禁止を緩和をせざるをえなくなった。
 西洋式軍艦「昇平丸」を建造
 これを受け、早くから海防のために洋式船建造の必要性を痛感していた薩摩藩主の島津斉彬は、桜島瀬戸村の造船所で洋式船を建造した。 これが日本で最初の本格的な西洋式軍艦として有名な 「昇平丸」 である。 全長30m、三本マストの帆船で、10門の大砲を備えていた。
 島津斉彬が提案した「日の丸」
 西洋式の軍艦が建造されるようになると、外国船と区別するため旗印が必要となった。 日本の船の印として島津斉彬が幕府に提案したのが 「日の丸」 である。 そして、日本で初めて 「日の丸」 を掲げた船が 「昇平丸」 なのだ。 桜島は「日の丸」ゆかりの地と言ってもいいだろう。
 桜島の史跡・文化遺産
 桜島といえば荒々しい自然ばかりで、歴史も文化もないようなイメージが強い。 しかし、日本の歴史と深いかかわりをもった場所や史跡、文化遺産もあるのだ。 ただ、その存在や意識、価値はほとんど知られていない。 本当にもったいない。何とかしなくては・・・・。
桜島ビジターセンター-10
桜島火山地質図
JUGEMテーマ:写真

 60分で巡るサクラジマ アイランドビューを楽しんだ後は、桜島ビジターセンターで桜島の噴火の歴史等を学び、桜島港から海岸へ続くように広がる大正溶岩原に整備された約3kmの遊歩道を散策します。 桜島ビジターセンターは鹿児島市桜島横山町にある、桜島の自然を扱った鹿児島県立の科学展示館です。
| 鹿児島の旅(後編) | 19:00 | comments(0) | - |









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