質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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鹿児島の旅 その28 甲突川の辺 大久保利通銅像
戦災復興記念碑
 甲突川(こうつきがわ)左岸緑地に建つ 「戦災復興記念碑」
 鹿児島市は、太平洋戦争末期における昭和20年3月18日以来8回の空襲により、実に市街地の93パーセントを焼失し、焦土の中で終戦を迎えた。
 それから36年余、現在の市街地は、縦横にのびる明るい街路、緑あふれる広場、紺碧の空に林立するビル群、そして50余万の人口を擁する南日本最大の雄都として発展してきている。
 この繁栄の原動力となったものは、画期的な戦災復興事業であり、その難事業をよく完遂し得たのは、灰燼(かいじん)の中から復興の意欲に燃えて立ち上がった全市民の一致協力と、関係者のなみなみならぬ努力とにほかならない。
 ここに、永年にわたる歴史的本事業の収束を記念し、鹿児島市が将来ますます発展するよう祈って、この碑を建てる。   昭和57年3月
高見橋-1
高見橋-2
甲突川に架かる 「高見橋」。
甲突川
高見橋からみる甲突川の風景。
母と子供の群像-1
母と子供の群像-2
母と子供の群像-3
高見橋の欄干にある彫刻 「母と子供の群像」。
大久保利通銅像-1
高見橋の袂に建つ 「大久保利通像」。
大久保利通銅像-2
大久保利通銅像-3
大久保利通銅像-4
 大久保利通(おおくぼ としみち)銅像 為政清明(いせいせいめい)
 ―藩閥意識を超えて新生日本の近代化に尽くす―
 大久保利通は明治草創期の指導的政治家です。 1830年(天保元)に生まれ、幼名は正袈裟(しょうけさ)、通称は一蔵、号を甲東(こうとう)と称しました。 幕末期、薩摩藩下級武士のリーダーとして藩論を尊皇にまとめる一方、最後の当主島津忠義(ただよし)の父久光(ひさみつ)の信頼をえて、藩政の改革にも手腕をふるいました。
 薩英戦争後はイギリスとの調和をまとめ開国に目覚めるとともに、沖永良部(おきのえらぶ)から西郷隆盛を呼び戻し、歴史的な名コンビとして倒幕に奔走。 薩長同盟の締結をみて、ついに1867年(慶応3)明治維新が達成されたのです。
 新政府樹立後は政界の中心人物として、版籍奉還、廃藩置県の実現につとめ、大蔵卿時代は地租改正の建議を行いました。 また、欧米諸国を視察し、帰国後は内務省を設立し事実上の首相ともいうべき内務卿を兼務しました。
 ところがこの頃から西郷隆盛と対立、西南戦争によって竹馬の友を失ったのです。 その大久保もまた、1878年(明治11)出勤途中を襲われ急死。 ロンドンタイムスは、「氏の死は日本全国の不幸である」 と報じました。 
小松帯刀像-1
小松帯刀像-2
 明治維新の推進者 小松帯刀(こまつたてわき)像銘文
 この像は京都二条城会議で真っ先に筆をとって署名し、将軍徳川慶喜(よしのぶ)に大政奉還を勧告、王政復古を実現させた小松帯刀の功績をたゝえる像である。 時に小松35歳、慶応3年(1867)10月13日であった。

 小松帯刀は1835(天保6)年、喜入領主肝付家の3男として生まれ、20歳で吉利(日吉町)の領主小松家の養子となり、小松帯刀と名を改めました。 子供の頃から学問や武芸にすぐれ、27歳で家老となり、西郷隆盛や大久保利通などを重要な役目につけました。 寺田屋事件、生麦事件、薩英戦争を乗りきり、薩長同盟を結ぶなど明治維新に向けて活躍しました。 維新後も外交官などの要職につきましたが、34歳で亡くなりました。
 この小松帯刀像は、慶応3年(1867年)に、15代将軍慶喜が二条城に諸大名を集めて、政治の権力を朝廷に返還(大政奉還)すべきかどうかを問うたとき、薩摩藩の城代家老であった小松帯刀が 「大政奉還すべき」 として他藩にさきがけて記帳したときの様子をイメージして造られたもので、三公像(島津斉彬、島津久光、島津忠義)の建つ、照国神社を向いて建立されています。(銅像脇に立つ案内板より)
 ちなみに、小松帯刀27歳家老時、西郷隆盛は35歳、大久保利通は32歳。
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 鹿児島市内を散策すると、数多くの銅像に出会います。 今回撮影した銅像だけでも、駅前の 「若き薩摩の群像」、城山のふもとある 「西郷隆盛像」、照国神社の境内には 「島津斉彬公像」、その近くに 「 島津忠義公像」、「小松帯刀像」、黎明館には 「天璋院像」、そして甲突川左岸緑地には 「大久保利通像」 があります。 銅像からひもとく歴史は、日本の近代化に大きな影響を与えた人物です。 改めて薩摩藩のすごさを感じます。
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