質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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鹿児島の旅 その17 南洲公園(4) 西郷南洲顕彰館
西郷南洲顕彰館-1
墓所からの石段を上がると 「西郷南洲顕彰館」、「竹公園」へ。
西郷南洲顕彰館-2
西郷南洲顕彰館-3
南洲公園内、西郷隆盛墓所の近くに建つ 「西郷南洲顕彰館」。
竹公園-1
顕彰館のすぐ後方にある 「竹公園」。
竹公園-2
島津吉貴(しまづよしたか)公ゆかりの竹公園。
竹公園-3
公園に生い茂る竹林・。
竹公園-4
 公園中央に建つ、吉貴公の戒名が刻まれている石碑。
 島津吉貴公は江戸時代中期の島津第21代当主。薩摩藩の第4藩主。
吉貴公はそれまであった加治木島津家、垂水島津家に加え自分の息子たちに越前家、今和泉島津家と言う分家を作らせ、この4分家のみが本家に後継者がいない場合に藩主を出せる家系としました。(フリー百科事典 「ウィキペディア」より)
南洲公園
南洲公園・西郷南洲顕彰館から見る桜島。
JUGEMテーマ:写真

 西郷南洲顕彰館は、昭和52年迎えた大西郷百年祭の記念事業として、南洲翁を敬慕する20数万人の人々の浄財により建立されたものです。 1978年(昭和53)7月開館、鹿児島市立として運営されています。 館内には、西郷隆盛を中心に大久保利通や明治維新について展示されています。
 二階に展示されている南洲翁遺訓は、明治元年(1868)10月、幕府のためよく戦った荘内藩(山形県鶴岡地方)は、西郷の率いる北越征討軍に降伏しました。 西郷は寛大に取り扱って処分をしませんでした。 以後、荘内藩と西郷の親交が続きました。 明治22年西郷の賊名が解かれると、荘内藩の人々は、『南洲翁遺訓』 を刊行し、西郷の偉さを全国にひろめました。(館内ガイドより)
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