質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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滋賀・長浜と彦根の旅 その50 埋木舎(彦根市)
埋木舎-1
これより、国特別史跡 埋木舎へ。
埋木舎-2
埋木舎 門
埋木舎-3
 埋木舎(うもれぎのや)
 大老、彦根藩第13代藩主、井伊直弼公は文化12年(1815)に第11代藩主、直中公の14男として生まれた。 5才のとき生母を17才のとき父をうしない、藩の掟によって僅か300俵の捨扶持を給せられてここに移った。
 弘化3年(1846)、第12代藩主である兄直亮の嗣子になるまでの青年時代(10代〜32才)をこの埋木舎で過ごした。この間に刻苦勉励して学内武芸に打ち込んだが、将来の藩主たるためものでなく、ただ与えられた窮庶子の地位において安住する精神を求めたに他ならなかった。

 嘉永3年(1850)藩主に、更には安政5年(1858)4月に幕府の大老職になるや翌々の6月には幕府の祖法を排して日米通商条約調印に続いて、英、仏、露、蘭の4ヶ国と開港条約を結んで国難を救った英断は、この埋木舎における生活のたまものといえよう。
埋木舎-4
埋木舎 玄関
埋木舎-5
埋木舎-6
埋木舎 表座敷
埋木舎-7
表座敷の掛軸、左;歴代藩主 13代直弼は右最下段 右;井伊直弼肖像画
埋木舎-8
埋木舎-9
井伊直弼側役等 大久保小膳
埋木舎-10
御茶室 「澍露軒」 茶湯 「一會集」
埋木舎-11
埋木舎の号
JUGEMテーマ:写真

 井伊直弼 青春の館 埋木舎 井伊直弼が17歳から32歳までの青春時代を300俵の捨扶持(すてぶち;江戸時代老幼・婦女などに救助の名目で与えたわずかの扶持米) で過ごしたところで、直弼は自らを生涯花咲くこともあるまいと埋もれた木にたとえて埋木舎と呼んだ。 ここで彼は茶道・華道、禅、歌道、武術などの研究に励んだ。
 茶道では石州流を学び裏手にある茶室は澎露軒(じゅろけん)と名づけ数多くの弟子に一期一会の茶道の精神を伝えた。(案内板より)

       「世の中を よそに見つつも埋木の 埋れておらむ 心なき身は」
| 滋賀・長浜と彦根の旅(彦根) | 19:50 | comments(0) | - |









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