質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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滋賀・長浜と彦根の旅 その48 井伊大老銅像(彦根市)
井伊大老銅像-1
玄宮園に隣接する金亀児童公園に建つ 「井伊大老銅像」。
井伊大老銅像-2
正四位上左近衛権中尉の正装姿、井伊直弼(なおすけ)大老銅像。
井伊大老銅像-3
井伊大老銅像-4
銅像前に立つ石碑と井伊文子(直弼の曾孫の嫁)歌碑。
井伊大老銅像-5
 井伊直弼(1815-1860)
 開国の英雄井伊直弼は、文化12年(1815年)に彦根城下の下屋敷(槻御殿)に生まれ、嘉永3年(1850年)36歳で彦根藩主となり、安政5年(1858年)には江戸幕府の大老職となった。 同年6月、直弼は我国の将来を考えアメリカとの開国を英断。 この大偉業をなしとげた直弼は、心情をくむことのできなかった人々によって安政7年(1860年)3月3日桜田門外で暗殺され46年の生涯に幕を閉じた。
花の生涯記念碑-1
花の生涯記念碑-2
銅像の傍らに建つ 「花の生涯記念碑」。
遠城謙道の碑-1
遠城謙道の碑-2
銅像の隣には、遠城謙道の石碑があります。 彦根藩士であった謙道は、直弼と直接の関わりはなかったものの、人一倍、忠義心に篤い人物でした。 直弼の死後、開国政策への厳しい批判を悲しみ、仏門に入り、井伊家の菩提寺・豪徳寺で墓守として生涯を送りました。 石碑は、主君を偲び続けた道徳をたたえたものです。
JUGEMテーマ:写真

 玄宮園の撮影を終え、彦根城博物館へ向かう途中の金亀児童公園に大きな井伊直弼大老の銅像があります。 安政の大獄で、水戸・薩摩浪士らに桜田門外で暗殺されましたが、明治時代 直弼の遺徳を顕彰しょうとする旧彦根藩士らによって建立されたものです。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(彦根) | 19:05 | comments(0) | - |









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