質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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会津若松の旅 その44(完) 日新館(5) 水練場など
水練場-1
会津若松 日新館 水練場(すいれんば)
水練場-2
 会津若松 日新館 水練場(水練水馬池)
 日本で初めて造られたプールといわれています。 池の周囲は85間(約153m)もあり、向井流(むかいりょう)という泳法を学び、甲冑(かっちゅう)をつけての水練も行われました。 水練場を備えていた藩校は日新館の他に長州藩の明倫館(めいりんかん)だけでした。
弓道場-1
弓道場-2
弓道場(射弓亭)。
天文台-1天文台-2
像の向こうにある高台が 「天文台」。
砲術場-1
砲術場-2
天文台から見た砲術場。
砲術場-3
砲術場
井深梶之助-1
井深梶之助-2
 井深梶之助(いぶかかじのすけ) 安政元年〜昭和15年(1854〜1940)
 明治から昭和初期にかけて活躍した、キリスト教界の指導者。会津藩校日新館学頭・井深宅右衛門の長男として会津若松城下に生まれた。 母は、会津藩家老西郷多頼母近思の四女八代子。 戊辰戦争後、横浜の修文館で宣教師でもあるが英語教師ブラウンと出会い、明治6年(1873)に洗礼を受ける。 同19年(1886)新設の明治学院神学部教授、副総理となり、同23年(1890)にはニューヨークのユニオン神学校に留学。 翌年帰国し、ヘボンの後を受け第二代明治学院総理となる。 日本基督教会大会議長や日本全国基督教会同盟委員長などを歴任、キリスト教界の国際会議には日本代表として出席した。 教育では、知育偏重の弊を改め、意志と情操を尊重し宗教的かつ円満な人格者の育成に務めた。また、世界人類同胞主義の立場から、第二次世界大戦には強く反対した。 明治学院発行、内海健寿著 「井深梶之助とその時代」 全三巻には、活躍した時代背景とその業績が詳しく紹介されている。
康熙文殊菩薩-1
康熙文殊菩薩-2
康熙文殊菩薩
駐車場
日新館の見学と撮影を終えバス停へ。
空の風景
日新館から見た美しい空の風景。
JUGEMテーマ:写真
 
 2013年10月19日〜21日の2泊3日で見学と撮影してきました 「会津若松の旅」 は今回で終了です。 福島県西部、会津盆地南東隅にある会津若松市。 もと松平氏23万石の城下町。 見どころ満載の会津若松、お勧めの大人の観光地です。(完)

 次回より、2014年7月7日〜9日 2泊3日で撮影してきました、黒田官兵衛ゆかりの地 「滋賀・長浜と彦根の旅」 と題して写真展示しますので見て下さい。
| 会津若松の旅 | 20:00 | comments(0) | - |









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