2011.05.14 Saturday
九州・福岡・水郷柳川の旅 その5 北原白秋詩碑苑
北原白秋詩碑、『帰去来;ききょらい』。 この詩碑は、この地方に建てられた文学碑の中で最も早く、白秋6回忌の昭和23年11月2日に除幕されました。
山門(やまと)は我が産土(うぶすな)、
雲騰(あが)る南風(はえ)のまほら、
飛ばまし、今一度(いまひとたび)。
筑紫よ、かく呼ばへば
恋(こ)ほしよ潮の落差、
火照沁む夕日の潟。
盲(し)ふるに、早やもこの眼、
見ざらむ、また葦(あし)かび、
籠飼(ろうげ)や水かげろふ。
帰らなむ、いざ鵲(かささぎ)
かの空や櫨(はじ)のたむろ、
待つらむぞ今一度。
故郷やそのかの子ら、
皆老いて遠きに、
何ぞ寄る童ごころ。
白秋は20歳の時、父親に黙って上京。 昭和3年(43歳)、白秋は飛行機で故郷柳川を訪れています。 「帰去来」は、その時の郷土飛行を思い浮かべて昭和16年、最後の帰省の際につくられました。 死の前年(56歳)です。 創作活動が多忙をきわめ無理がたたってか、 晩年の白秋はほとんど視力を失っていました。
昭和16年3月 白秋先生矢留小学校訪問時の写真
白秋詩碑苑には 「帰去来」 の解説も掲示されています。
福岡県柳川市矢留本町にある、「白秋詩碑苑」 入口。
苑内にあるもう一つの 「白秋の石碑」。
水郷柳河こそは、我が生れの里である。
この水の柳河こそは、我が詩歌の母体である。
この水の構図、この地相にして、はじめて我が体は生じ、我が風は成った。
「水の構図より」 白秋
園内にある石碑。
園内に掲示されています。
北原白秋没後60年記念樹、「ネムノキ」 が植えられています。
JUGEMテーマ:写真
今回、小・中学時代の同窓会が柳川で開催されるのに伴い、見学と撮影したいところが二個所ありました。 柳川の川下りと北原白秋に関する名所旧跡です。 念願かなって県指定文化財の「白秋生家」、「白秋詩碑苑」 を撮影することができました。
白秋の詩 「帰去来」 は、名称は知っていましたが、その文章・内容は今一つ理解していませんでした。 今回、柳川の詩碑の前で文章と解説を目にし、白秋が晩年故郷柳川に対する熱い思いを歌い上げた詩に感動しました。