質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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東京今昔物語 その5 浅草・浅草寺(2) 雷門
浅草寺-1
境内に掲示されている説明文
浅草寺-2
金龍山 浅草寺の総門 「風雷神門」、通称 「雷門」 です。
浅草寺-3
向かって正面・右側が 「風神」
浅草寺-4
向かって正面・左側が 「雷神」
浅草寺-5
向かって裏面・右側が 「金龍像」
浅草寺-6
向かって裏面・左側が 「天龍像」
浅草寺-7
掲示されている雷門(風雷神門) の説明文
浅草寺-8
浅草寺-9
境内に建つ 「久米平内堂」
浅草寺-10
 九頭龍権現(くずりゅうごんげん)(右)・・・・龍神さまは、仏教をお守りし、雨を操り、わらわらに五穀豊穣や福徳を授けてくださる。 この九頭龍権現は長野県戸隠山の地主神で、昭和33年の本堂再建にあたって、その成就を祈るべく勧請された。 現在も浅草寺の伽藍安穏の守護神である。
 金龍権現(きんりゅうごんげん)(左)・・・・寺伝の縁起によれば、浅草寺ご本尊観音さまのご示現にあたり、天より百尺ばかりの金龍が舞い降りて、その功徳を讃え観音さまをお守りしたとされることから、浅草寺の山号を 「金龍山;きんりゅうざん」 という。 これにより奉安されたのが、この 「金龍権現」 である。 このことに因み、現在、3月18日と10月18日の年2回、浅草寺境内にて寺舞 「金龍の舞」 が奉演されている。 
浅草寺-11
 「迷子しるべ石」 昔、迷子が出た時には、この石碑でその旨を知らせた。 石碑の正面に 「南無大慈悲観世音菩薩」 と刻み、一方に 「志らする方」、一方に 「たづぬる方」 とし、それぞれに用件を記した貼紙で情報を交換した。 情報未発達の時代には重宝され、「江戸」 市内の繁華な地に建てられたものの一つ。 安政7年(1860)3月、新吉原の松田屋嘉兵衛が、仁王門(現宝蔵門 )前に造立したが、昭和20年の空襲で倒壊したため、昭和32年に再建された。
浅草寺-12
 「銭塚弁財天;ぜにづかべんざいてん」 弁財天さまは、七福神のお一人で仏教をお守りする善神である。 芸能や学問の上達、財宝や福徳の神とされる。 この銭塚弁財天さまは、福徳財運の弁財天さまとして、特に信仰が篤い。
浅草寺-13
浅草寺-14
同じ境内に建つ 「影向堂;ようごうどう」
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 浅草寺・雷門、切妻造の八脚門で風神像、雷神像を安置することから正式には 「風雷神門」 といいますが 「雷門」 の通称で呼ばれています。 慶応元年(1865)に焼失後、長らく仮設の門が建てられていましたが昭和35年(1960)、約1世紀ぶりに鉄筋コンクリート造で再建されました。 実業家・松下幸之助氏が浅草観音に祈願して病気平癒した報恩のために寄進されたものです。 門内には松下電器産業(現パナソニック) 寄贈の大提灯があり、三社祭の時と台風到来の時だけ提灯が畳まれます。
(フリー百科事典・ウィキペディアより) 
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