質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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小京都 栃木の旅 その21 県庁堀
県庁堀-1
市民の憩いの場所 「県庁堀」です。 そこに架かる小さな橋は 「とちぎはし」 です。
県庁堀-2
県庁堀はこの先、巴波川(うずまがわ)へとつながります。
県庁堀-3
 県庁堀附漕渠(そうきょ)、明治4年(1871年)廃藩置県のあと、下野国は栃木県と宇都宮県に分かれ、ついで明治6年栃木県は宇都宮県を合併し、この地に栃木県庁が置かれ、栃木町は政治・経済・文化の中心として栄えました。
 県庁には幅約6mの堀を東西約246m、南北約315mの矩形(くけい;直角4辺形)にめぐらしました。 巴波川との間には運河がつくられ、敷地内には舟に荷揚げ場が設けられました。 このような例は、全国にはありません。
 その後、明治17年 県令(県の長官・現在の知事)三島通庸(みちつね)は、強引に県庁を宇都宮に移しましたが、県名は栃木県としてそのまま残りました。
県庁堀-4
矩形に造られた県庁堀です。
県庁堀-5
県庁堀-6
鳩や鯉が遊ぶ、のどかな風景の県庁堀です。
県庁堀-7
矩形に真っ直ぐにのびる 「県庁堀」 です。 三脚を立ててしっかり撮影してきました。
県庁堀-8
県庁堀と散策路をはさんで左側が第一小学校、右側が栃木市役所です。
JUGEMテーマ:写真

 明治17年に県庁がいろいろな理由で宇都宮に移ってしまい、その昔県庁があった名残をとどめるのがこのお堀、「県庁堀」 です。 また江戸時代から明治の頃まで舟が水路を通って行き来し、栃木で取れた麻などの産物を利根川を経由して江戸まで運んでいました。 その頃の栃木の街の賑わいは大変なものだったそうです。 その名残としてこの辺り一帯の住所は 「入舟町」 の名で残っています。
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その20 栃木市役所 別館
栃木市役所別館-1
大正10年(1921)に県庁跡地の一画に栃木町役場として建てられたたものです。
設計は町役場の技師として活躍した堀井寅吉。 木造二階建て。 時計塔がついた洋風建築。 平成10年(1998)国登録有形文化財指定
栃木市役所別館-2
現在も栃木市役所別館として、商工観光課などが入り活用されています。
栃木市役所別館-3
栃木市の近代史を語る上で、欠かすことの出来ない建造物です。
栃木県議会発祥の地
別館脇の一画にある石碑。石碑の裏に書かれている由来を下記に示します。
栃木市役所本館
別館に隣接している現在の栃木市役所本館です。 人口約8万2千人の総本山です。
JUGEMテーマ:写真

 明治4年(1871)7月に行われた廃藩置県で、下野国は栃木県と宇都宮県の二つに分かれ、その2年後には両県が合併して栃木県となりました。
 この地は栃木県庁が置かれ、政治・経済・文化の中心として栄えましたが、その後 明治17年(1884)に県庁が宇都宮市に移されました。 その県庁跡に建築されたのが栃木町役場・現在のモダンな木造二階建て、時計塔がついた洋館なのです。
 一階は下見板貼りで、正面玄関には車寄せが設けられています。 二階は漆喰壁にハーフティンバー(半木造の意)となっており、木の部分は水色に塗装され、全体的にやさしい印象に造られています。

   栃木県議会発祥の地
 明治十二年四月十四日、都賀郡薗部村(現栃木市)の栃木県庁敷地内遥拝所を仮議場として栃木県最初の県会が開かれた。 前年の府県会規則にもとづき、同十二年四月第一回の県会議員選挙が行われ、三十六名の議員が選出された。 県会は安生順四郎氏を議長とし、百般草創、議事万端にわたり議事を進め五十日間で閉会した。 まさに本県における近代的代議制度の黎明を告げるものであった。
 本年は、この歴史的県会が開かれてより満百年を迎えることになる。 この時に当たり、栃木県議会は先人たちの一世紀にわたる政治的偉業をしのび、さらに議会制民主主義の一層の発展を誓い、由緒あるこの地に記念碑を建ててこれを後生に伝えるものである。
                             昭和五十四年十一月一日
                                 栃木県議会建立
                                   大町雅美撰
                                   七海水明書
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(6) | - |
小京都 栃木の旅 その19 県立栃木高校
栃木高校-1
県立栃木高校の 「記念図書館・養正寮」 です。
栃木高校-2
記念図書館の前に設置されている掲示板です。
栃木高校-3
栃木高校-4
立派な県立栃木高等学校の校舎です。
堀川-1
高校の脇を流れる堀川です。
堀川-2
堀川沿いの民家にきれいに花が咲いていました。 ノウゼンカズラが満開です。
堀川-3
堀川-4
驚きました! この堀川に沢山の鯉が泳いでいるのです。
堀川-5
カメラを向けると、可愛い鯉が顔を出してくれました。
堀川-6
堀川沿いに散策していると、前方に栃木市役所別館が見えてきました。
JUGEMテーマ:写真

 栃木市の旧家、岡田記念館の撮影を終え、巴波川沿いに散策していると格調高い建造物が目にとまりました。 県立栃木高等学校の 「記念図書館・養正寮」 です。 関係者以外立ち入り禁止の立札がありましたが、校門で一礼し撮影させてもらいました。
 掲示板によりますと、明治四十三年九月東宮殿下(大正天皇)の御来校を記念して大正三年十一月に建てられた建築物です。
 また高校の脇を流れる堀川に沢山の鯉が泳いでいるのには驚きました。 決して清流とは言えませんが、鯉が住むには最適な環境が整えられているのです。 事前調査で栃木市内に10万匹の鯉が泳いでいるとの情報は持っていましたが、まさかこのような小さな堀川まで泳いでいるとは驚きです。 市の行政の素晴しさに拍手です。
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その18 岡田記念館(3) 翁島-2
翁島-1
岡田家別荘;翁島(おきなじま)一階の床の間、床柱と落としかけに注目!
翁島-2
翁島-3
建物の説明文です。 是非お読み下さい。 驚くことばかりです。
翁島-4
玄関に掲げてある「翁島」の額
翁島-5
玄関の天井
翁島-6
広間の天井、屋久杉3000年もの
翁島-7
黒木瞳さんが入浴シーンを撮影された浴場。
翁島-8
浴場の天井は 「から傘天井」
翁島-9
この覚書が浴場の入口に掲示されています。
翁島-10
二階の床の間です。
翁島-11
用材は全て銘木が使用されています。
翁島-12
この建物の一番の見所、一階の廊下部の天井です。 立派な垂木です。
翁島-13
翁島の一番の見所、一階の長さ六間(約11m)、幅3尺(90cm)、厚さ一寸(3cm)の欅(けやき)一枚板の廊下です。 管理人の話しによりますとこの廊下のお値段、今の貨幣価値で億単位とのことです。 一歩一歩、噛み締めながら歩いてきました。
JUGEMテーマ:写真

 550年以上の歴史を持ち、町内に 「嘉右衛門橋」、また地名に 「嘉右衛門町」 を残こす旧家・岡田家には敬意を表します。 代官屋敷とも言われている 「岡田記念館」 そして別荘の 「翁島」 は、現在もなお個人で運営管理がされています。
 筆者、建築や用材に関して造詣がなく、説明文を読みながら、そのすごさに驚くばかりです。 日本建築や用材に関心のある方、必見のスポットだと思います。 大正期を代表する日本建築、一見の価値があります。
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(2) | - |
小京都 栃木の旅 その17 岡田記念館(2) 翁島-1
嘉右衛門橋
巴波川に架かる 「嘉右衛門橋」、橋の手前を右に曲がると直ぐ 「翁島」 です。
翁島-1
「翁島」入口です。
翁島-2
更に門をくぐります。
翁島-3
この建物が岡田家22代当主岡田孝一の別荘 「翁島;おきなじま」 です。
翁島-4
別荘・翁島の玄関、立派な造りです。
翁島-5
玄関入口に掲げてある 「登録有形文化財」 指定の表示版
翁島-6
翁島-7
別荘の庭園
翁島-8
アジサイがきれいに咲いていました。
JUGEMテーマ:写真

  翁島由来記 有形登録文化財
 明治時代の22代当主岡田孝一は、雅趣(がしゅ;風雅なおもむき)に富み70才を迎え別荘建築を発起します。 用材はすべて銘木を使用し、桧はすべて木曽産、廊下には長さ6間半、幅三尺、厚さ一寸の欅(けやき)の一枚板を使うという具合で町内練達の工匠が技を競いあって出来た別荘が翁島です。(岡田記念館リーフレットより)
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その16 岡田記念館(1)
岡田記念館-1
日光例幣使街道沿いにある 「岡田記念館」 の正門入口です。
岡田記念館-2
岡田家は550年以上の歴史を持つ旧家で、4、000屬砲盖擇峭大な敷地には岡田家伝来の宝物が展示されています。
岡田記念館-3
敷地内にある栃木で一番古い、岡田家専用の床屋さんがありました。
岡田記念館-4
古くは明治時代の物も、当時のままに保存されています。
岡田記念館-5
例幣使が使用したお膳や金高蒔絵象嵌花見道具一式などが展示されています。
岡田記念館-6
江戸・明治時代の唐草食器
岡田記念館-7
150年前の下駄
岡田記念館-8
敷地内にそびえ立つ、市文化財指定の樹齢500年の欅(けやき)
岡田記念館-9
書斎
岡田記念館-10
杉古木の渡り廊下
岡田記念館-11
江戸時代の畠山氏の陣屋跡
岡田記念館-12
歌碑 池亀 右衛門督正房 「ゆたかなる池のこころにすむ亀は げに万代もやすくへぬべし」 この歌は参議右衛門督万里小路正房が、天保15年4月12日例幣使として日光東照宮参向のとき、この陣屋で休息されたがその折りに詠まれたものである。
岡田記念館-13
陣屋内部
岡田記念館-14
天保3年(1832) 龍図 雪舟十世五楽院 磯辺法眼等随の作
JUGEMテーマ:写真

 岡田家は550年以上の歴史を持つ旧家で、江戸時代に未開地を開墾して村民に生活の基礎作りを指導し安定した村落づくりに貢献したという。
 以来、当主の名を取り、この地を嘉右衛門新田(現 嘉右衛門町;かうえもんちょう)と称した。 同家は例幣使街道沿いの現在地に居宅を構え代々嘉右衛門を襲名している。 高家畠山氏の領地時代、元禄元年(1688)から、この地に陣屋が設けられたが、それらの建物が現在も約4,000屬箸いζ渦箸旅い屋敷内に保存されていることから代官屋敷とも呼ばれて、往時の姿を偲ばせている。(HPとちぎより引用)

 「岡田嘉右衛門家由緒書」
 当家は、現当主岡田嘉右衛門をもって26代を数える栃木市屈指の旧家です。 古くは武士でしたが、帰農し江戸時代慶長の頃、土豪として栃木に移住し、荒地を開墾しました。 これにより徳川家から 「嘉右衛門新田村」 という名称を賜り、以後代々の当主は嘉右衛門を襲名しています。
 日光例幣使街道の開設に伴い名主役を、また畠山氏の知行地となると敷地内に13ヶ村の陣屋が設けられ代官職も代行するなど、地域発展のため寄与していました。
 一方、代々当主は芸術面にも関心が深く、巴波川(うずまがわ)の舟運や街道の往還を通して、文人、墨客が訪れています。
 明治時代には画家富岡鉄斎との特別な親交があった事は特筆すべき事です。
蔵には、この鉄斎作で栃木県文化財の韓信堪忍図をはじめ、文人の松根東洋城、陶芸家の板谷波山、竹芸家の飯塚琅玕斎等の作品が展示してあり、宝暦10年から146年分の日記も保存されています。(岡田記念館リーフレットより)
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その15 日光例幣使街道
例幣使街道-1
日光例幣使街道、手前に見える立派な洋風の建物は国登録文化財に指定されている「館野家住宅店舗」です。 昭和7年築で、肥料・履物商を営んでいた老舗です。
例幣使街道-2
日光例幣使街道の石碑
例幣使街道-3
整備された 「蔵の街大通り」 から万町交番の信号を左に入ると直ぐに、のどかな街並 「例幣使街道」 が見えてきます。 石碑が右下に小さく見えます。
例幣使街道-4
例幣使街道-5
栃木市循環バス 「のらっせ号」 もこの街道を走っています。
例幣使街道-6
街道沿いに古い建造物が続きます。 「岡田記念南館」 の文字が読み取れます。
例幣使街道-7
街道沿いに当時の繁栄を偲ばせる古い建物を見ることができます。
「草遊園」と「理髪店」の文字が見えます。 栃木で一番古い床屋さんでした。
JUGEMテーマ:写真

 日光例幣使とは、日光東照宮の例大祭(4月17日)に金幣(きんぺい)を奉納するために毎年、朝廷から派遣された使者(勅使)をいいます。 このときに往路となった道が例幣使街道です。 日光例幣使の一行は、50人ほどの行列を組んで4月1日に京都を出発し、中山道を通って倉賀野宿(群馬県高崎市)に至ります。 倉賀野からが例幣使街道です。 例幣使街道は太田、栃木などの宿場を経て揄木(栃木市鹿沼市)に至り、今市で日光街道に合流します。 揄木から先は壬生街道が合流しますので、揄木、今市間は正確には壬生街道ですが、一般に例幣使街道と呼ばれてきました。
 例幣使街道は往路に用いられ、復路は日光街道、東海道が利用されました。 日光例幣使は、1647年から1867年まで日光に派遣されました。
 また、例幣使街道には、倉賀野、玉村、五料、柴、境、木崎、太田、八木、梁田、天明、犬伏、富田、栃木、合戦場、金崎、揄木、奈佐原、鹿沼、文挟、板橋、今市の21宿があります。(HP例幣使街道杉並木のうんちくより引用させてもらいました。)
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:06 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その14 美術館周辺
水琴窟
「とちぎ蔵の街美術館」 の前にこの水琴窟はあります。竹の筒に耳を当てると、江戸時代の庭師が考案したという、水琴窟の澄み切った琴の音色が心を癒してくれます。
こいの泉-1
「とちぎ山車会館」と「とちぎ蔵の街美術館」の間に設置されている「こいの泉」です。
 「こいの泉」 は幸せの泉です。 鯉の御三家といわれる紅白・昭和三色・大正三色など、泳ぐ宝石とまで称えられるトップクラスの美しい錦鯉がゆうゆうと泳いでいます。
 この鑑賞池は、常に錦鯉が快適に泳げるように全自動制御されており、世界でも稀なものといわれています。 この錦鯉に向かって 「幸せよこい 恋よこい」 と語りかけ、幸運を呼び寄せてください。(掲示板より)
こいの泉-2
泳ぐ宝石の錦鯉が悠然と泳いでいます。
こいの泉-3
錦鯉の系統図、右上二列目に 「昭和三色」、次の列に 紅白・大正三色 がいます。
蔵の家具や
美術館に近くにある 「倉の家具や」 です。
JUGEMテーマ:写真

 蔵の街大通り沿いに 「とちぎ山車会館」、その奥に 「とちぎ蔵の街美術館」 があります。 またその周辺に 「水琴窟」 や 「こいの泉」 が設置されています。
 蔵の街散策の途中で、水琴窟の琴の音色や悠然と泳ぐ色鮮やかな錦鯉を見ていると、心と体が癒されます。 
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その13 とちぎ蔵の街美術館
とちぎ蔵の街美術館-1
「とちぎ蔵の街美術館」です。左から 西蔵・中蔵・東蔵 です。
とちぎ蔵の街美術館-2
お洒落な 「とちぎ蔵の街美術館」 の看板です。
とちぎ蔵の街美術館-3
ここが美術館入口、館内は撮影禁止です。
とちぎ蔵の街美術館-4
撮影当日は 「掌中の陶芸 現代水滴の世界」 と題して、手の平に収まるほどの小さな水滴(文具)が80点余り展示されており、日本人作家の手先の器用さに感動しました。
とちぎ蔵の街美術館-5
掲示されている案内板、全文を下記に紹介します。写真と照合しながらお読み下さい。
とちぎ蔵の街美術館-6
とちぎ蔵の街を象徴する素晴しい建造物です。 撮影後しばらく見詰めていました。
JUGEMテーマ:写真

 栃木を紹介する雑誌には、必ずと言っていいほど掲載される 「とちぎ蔵の街美術館」 です。 今回の旅で、重要撮影ポイントの一つです。 時刻は午後2時、太陽が照りつける暑い最中、三脚を立て慎重に水平を取りながら撮影しました。
 大変重要な建造物ですので、掲示板全文を紹介します。

    栃木市指定文化財第79号   平成12年6月12日指定
       善野(ぜんの)家土蔵 (通称 おたすけ蔵)
 善野家(釜佐)は、先祖が近江の出身で、江戸時代の延享年間(1744〜1748)に同じ町内の善野喜兵衛より分家し、その後、米などを扱うほかに大名などを相手とした質商も営んで、栃木を代表する豪商となりました。 蔵の名称は、江戸時代末期に困窮人救済のため多くの銭や米を放出したことに由来するとも、また失業対策事業として蔵の新築を行ったためとも言われています。
 屋敷内には大通り沿いの店舗に続いて文庫蔵を取り込んだ大規模な住居部門があり、「おたすけ蔵」 はその奥に位置します。 店舗・住居・土蔵群という構成は栃木の伝統的な商家の典型です。
 「おたすけ蔵」 は、蔵の街とちぎにとって最も重要な蔵造りの建物であるとともに、商都栃木の歴史を語る貴重な文化遺産です。 大通り側から東蔵、中蔵、西蔵の順に3棟が平行して並び、いずれも二階建の切妻・妻入りで、屋根は棧瓦葺、外壁は土蔵造りに黒漆喰仕上げです。 規模は東蔵と中蔵が梁間2間半(約4.5m)、桁行6間(約10.9m)、西蔵は梁間3間(約5.5m)、桁行8間(約14.5m)で、各棟とも南側に観音開扉の戸口を設け、前面には3棟連続の下屋庇を架けて正面に格子を建てています。
 建築年代は、東蔵が文化年間(1804〜1818)初期、中蔵が天保2年(1831)以前、西蔵が天保11年(1840)であることが判明しており、栃木市に現存する多数の蔵造りの建物の中でも最古の土蔵群です
 平成15年3月に土蔵を改修し、栃木市立 「とちぎ蔵の街美術館」 として現代によみがえらせました。
                               栃木市教育委員会
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
小京都 栃木の旅 その12 とちぎ山車会館
とちぎ山車会館-1
この建物は、とちぎ山車(だし)会館です。
とちぎ山車会館-2
会館前に建立されているモニュメント。
とちぎ山車会館-3
本日会館に展示されている本物の山車です。
とちぎ山車会館-4
会館前に建立されている歌碑、「この町へ 西日を戻す 山車の丈 雀郎」 と書かれています。 有名な川柳作家・前田雀郎(まえだ じゃくろう)の作です。
とちぎ山車会館-5
会館入口に展示されている人力車です。
とちぎ山車会館-6
入口を入るとここにも立派な案内板が立っています。
とちぎ山車会館-7
ロビーに飾られている展示品。
とちぎ山車会館-8
とちぎ山車会館-9
とちぎ山車会館-10
山車会館2階の展示コーナーを見学してきました。
JUGEMテーマ:写真

 この会館では隔年開催の 「とちぎ秋まつり」 がデジタル技術を駆使した演出と実物の山車3台、この日の山車は 「静御前」 「神武天皇」 「桃太郎」 を見ることができました。 高さ約9mほどある山車を目の前で見ると大きくて迫力があります。 お祭り気分を少しだけ味わうことができました。 残念ながら撮影は禁止です。
 なお今年、平成20年の 「とちぎ秋まつり」 は11月15日(土)・16日(日)に開催されます。 2年に一度の開催なので是非見てみたいものです。
| 小京都 栃木の旅(前編) | 19:01 | comments(0) | - |
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