質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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PROFILE
沼津御用邸記念公園(17/完) 東庭と茶室
東庭
東庭
東庭
沼津御用邸 東附属邸 東庭です。
茶室
茶室
茶室 「駿河待庵」 です。
 
 沼津御用邸 東附属邸の東庭では、放送は終了しましたがTBS系日曜劇場 「華麗なる一族」 の撮影場所でもあります。 永田大蔵大臣(津川雅彦)の逗留先の別荘を万俵大介(北大路欣也)が訪れるシーンです。 また静岡市清水区の日本平ホテルが万俵家の広大な庭として撮影されています。
 茶室 「駿河待庵;するがたいあん」 は掲示板によりますと、千利休作と言われる京都大山崎にある国宝 「待庵」 の写し、二畳隅炉の丸太柱に荒壁で囲われたこの狭小な草庵茶室には利休が理想とした 「侘茶」 の雰囲気がみなぎっていると言われている。

 東附属邸は、茶道などの稽古や催しなどに使用されていますので、見学は庭苑のみとなっています。 催しがない時は、茶室以外の建物内も見学することが出来ます。

 17回にわたり写真展示しました 「沼津御用邸記念公園」 は今回で終了します。
尚、筆者 明日より家族で沖縄ツアーに参加のため4月1日までブログ更新はお休みします。 帰りましたら 「沖縄の旅」 を写真展示しますので見てください。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:24 | comments(2) | - |
沼津御用邸記念公園(16) 東附属邸
東附属邸 御車寄
東附属邸 玄関
東附属邸の掲示板です。
皇孫殿下の御学問所として設けられました 「東附属邸」 です。 掲示板に次のように書かれています。

 東附属邸の沿革 東附属邸は明治36年(1903)に皇孫殿下(昭和天皇)の御学問所として、赤坂離宮の東宮大夫官舎を移築して造られました。夏期には隣地の学習院遊泳場とともに、ご利用の機会も多かったようです。
 東附属邸は面積も約550屬塙くありませんが、当時の御殿建築の姿をよくとどめています。 昭和44年(1969)に沼津御用邸が廃止されるまで、長期間にわたり継続して利用されました。
 現在は新たに茶室を設け、日本文化を学ぶ研修所として、一般に公開しております。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:11 | comments(3) | - |
沼津御用邸記念公園(15) 花がきれいに咲いています。
スノーフレーク
清楚に咲く花、「スノーフレーク」 です。 花言葉・・・純粋、純潔、汚れなき心、慈愛
スノーフレーク
姿はスイセン、花はスズランに似ていることから、日本名 「スズランズイセン」 です。
浦島草
これは浦島太郎の釣り糸に見立てた名前で 「浦島草」 です。
浦島草
公園内には浦島草の群生地があります。
スイセン
黄色が鮮やかな 「ラッパスイセン」 です。
スイセン
手入れされたスイセンが満開です。
紅梅
紅梅は終わりです。一枝だけ残っていました。
カンヒザクラ
色鮮やかなカンヒザクラ(寒緋桜)です。
根上がり松
御用邸記念公園の受付入口に樹齢推定400年の 「根上り黒松」 が鎮座しています。

 沼津御用邸記念公園は御殿だけではなく、季節毎に花や樹木が観賞できます。広々とした敷地に可憐な花や、色鮮やかな花などを楽しむことができます。特に今の時期は浦島草の群生が楽しめます。

| 沼津御用邸記念公園 | 19:13 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(14) 旧厩舎と防空壕
旧厩舎
旧沼津御用邸の厩舎(きゅうしゃ;牛馬などを飼う小屋)です。
旧厩舎の掲示板
掲示板です。 この木造厩舎は、皇居をはじ各地の皇室施設にあった厩舎の中で唯一現存する明治期の貴重な歴史的建造物とあります。 20頭分の厩舎施設です。
旧厩舎・現在喫茶店
現在厩舎を改修して喫茶店 「主馬;しゅめ」 がコーヒー、抹茶、ぜんざいなどをご用意して皆様をお待ちしています。公園にお越しの際はご利用下さい。
本邸の写真展示
旧厩舎内に昭和20年7月17日の空襲によって焼失しました 「本邸の面影」 が写真展示されています。
防空壕
これは記念公園内にあります防空壕です。 太平洋戦争(昭和16年〜20年)の際避難所として造られたもので内部は八畳位の部屋と控え室があります。

 「御用邸の暮らし」 がパネルで展示されていました。 それによりますと
 昔、御用邸に皇族が滞在されるときには、身の回りの品物を始め一切の家具や備品などを全て運んできたといわれます。 これは経費の無駄を省くためだったということです。
 料理の道具類も同様で、鍋釜から食器にいたるまで長持ちやトランク、つづらなどに入れて、お召し列車や自動車で運んでいました。
 また新鮮な牛乳を得るために、牛も連れてきて飼っていたということで、旧沼津御用邸には牛舎がありました。
 料理の材料は内玄関から運び込まれ、職員が点検してから使用したと思われますが、内玄関の脇の仕入詰所は、出入りの商人が控えていたようです。 尚、この内玄関は職員や商人などが使用し、正面玄関は皇族が用いるようになっていたそうです。
 また当時は火事を防ぐために、御殿の中ではなるべく火を使わないようにしており、調理室でも炭火などを用いる程度で、大きな火を使う場合は、調理室の外側の石造りの湯沸所にあるかまどを用いていました。
 御料浴室にも湯沸かしの設備はなく、湯沸所から桶に入れたお湯を男子の職員が天秤棒に担ぎ、廊下の下をくぐる地下道を通って、御料浴室まで約50メートルの距離を運んでいたということです。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:22 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(13) 連絡橋−牛臥海岸
連絡橋2
沼津御用邸記念公園 東付属邸に行く連絡橋(2)です。
連絡橋2の下の遊歩道
連絡橋の下を通る遊歩道です。 きれいに整備されています。
遊歩道
下から見た連絡橋(2)です。
遊歩道
遊歩道を進むと連絡橋(1)が見えてきます。 橋の向こうは海岸です。
遊歩道
連絡橋(1)の下から遊歩道を撮影しました。 模様がきれいです。
海岸
沼津牛臥海岸です。 左前方に見えます小高い山は牛臥山です。右側が沼津御用邸 西付属邸です。牛臥海岸では当時皇族の方が海水浴を楽しまれた所です。
海岸
現在は遊歩道が整備され沼津市民の憩いの場所です。

 連絡橋の下を通る遊歩道を歩くと風光明媚な牛臥海岸(うしぶせかいがん)に出ます。 この海岸は、現在の天皇陛下が若かりし頃泳がれた場所でもあります。
 正面に大瀬崎、背後に冨士山、駿河湾の波が打ち寄せるこの海岸は、平成8年 「日本の渚(なぎさ;川・海・湖などの波が打ち寄せる所)・百選」 に選定されました。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:12 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(12) 梅園と松林
紅梅
梅園に咲く紅梅です。
菜の花
芝生公園の近くで菜の花が満開でした。
芝生公園
芝生公園です。家族づれでいぎわいます。フェンスの右側は海岸です。
松林
松林
記念公園には数千本の松林などの樹木が生い茂っています。

 西付属邸にほど近い 「梅園」 は、皇太子殿下御成婚記念の中心として平成6年3月に造られました。 そのいわれは、大正天皇が梅の花を好まれたことから、御成婚を記念する公園にふさわしい庭として梅園が選ばれました。
 園内には10種類、80本以上もの梅があり、梅の季節以外にも落ち着いた雰囲気が保てるように、全体は枯流れを配した石庭とし、南側には見通しのよい光悦寺垣を、北側には目のつんだ沼津垣を置いて静かな空間を形作っています。(御殿と苑地のご案内より)
| 沼津御用邸記念公園 | 19:37 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(11) 西庭と沼津垣
西庭
西庭
西庭
沼津御用邸西付属邸の西庭です。 駿河湾の景色と築山に点在する景石や苔などにより、全体的に 「海」 をイメージした庭づくりとなっています。
沼津垣
御用邸内に施されています 「沼津垣;ぬまづがき」 です。

 沼津垣は、昔から沼津周辺で浜の潮風を防ぐために用いられてきた垣根で、景観的にも、実用的にも優れています。 旧沼津御用邸でも多く用いられていたことから、一般に知られるようになりました。
 材料は、箱根竹と呼ばれる細い篠竹を十数本ずつ束ねて、網代(あじろ)編みにしています。 この束を 「手」 といい、どの束も別の二つ束を越えて編んでいるため、この編み方は 「二手(ふたて)越し」 と呼ばれています。(御殿と苑地のご案内より)

 【ミニ知識】 
 網代編み・・・竹・葦(あし)または檜(ひのき)などを薄く削ったものを斜めまたは縦横に編んだもの。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:24 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(10) さざれ石 
内玄関
内玄関です。 宮内庁(省)の職員や御用邸に出入りする商人などが使用しました。
中庭
御用邸の中庭です。
さざれ石
御用邸に展示されています 「さざれ石」 です。 岐阜県春田村産

「君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで」 と歌われます国歌の 「さざれ石」 です。 漢字で書くと「細石」となります。小さい石、小石という意味です。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:12 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(9) 湯沸所
洗面所
洗面所です。
御料浴室
御料浴室(ごりょうよくしつ) 皇族の浴室で、浴槽のない掛かり湯式の浴室です。
調理室の隣の湯沸かし所で沸かしたお湯を桶に入れて運搬する方式で、皇室としては伝統的な浴室の形式でした。
湯沸所
湯沸所(ゆわかしじょ)です。 ここで沸かしたお湯を調理室や御料浴室に運んで用いました。

 当時、お風呂に入るのに掛かり湯式とは知りませんでした。 しかもこの方式が皇室の伝統的な浴室の形式と学び驚きです。 当時のことを思うと今の世の中は便利な世の中になりました。 蛇口を捻ればいつでもお湯が出るし、お湯がいっぱいの浴槽に入浴できます。 感謝しながら日々を過ごしたいものです。
| 沼津御用邸記念公園 | 19:30 | comments(0) | - |
沼津御用邸記念公園(8) 調理室
調理室
皇族の食事が作られた調理室です。
調理室
当時の木製の冷蔵庫です。

 調理室は約14坪の広さで、採光と排煙を兼ねた天窓は、側面の可動式の窓をロープで開閉する形になっています。 昔のままの流し台は人造石の研ぎ出しで、四つに区切られた珍しい形です。 かまど、魚焼き器は炭火を用いていました。 また当時は石炭を用いる西洋釜も設けられていました。
 当時、皇族の日常のお食事は基本的には和食が中心で、一般家庭の食事と比べても、あまり代わらないものだったようです。 沼津の土地柄からすると魚介類が食卓に上がることが多かったと思われます。(掲示板より)
| 沼津御用邸記念公園 | 18:30 | comments(0) | - |
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