質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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ツアー仙台・松島の旅(21/完) 松島散策 五大堂
五大堂-1
五大堂にかかる太鼓橋はすき間だらけの 「透橋;すかしばし」 です。 これは参拝の折に身も心も乱れのないよう足元をよく見つめ気を引き締めるための仕掛けです。
五大堂-2
五大堂-3
五大堂-4
松島のシンボルであり、松島湾に浮かぶ最大の観光名所 「五大堂」 です。

 五大堂は赤い太鼓橋で結ばれた小島に立つ単層宝形造りのお堂です。 坂上田村麻呂が建てたものですが、その後、慈覚大師が瑞巌寺開基のとき、お堂に五大明王像(大聖不動明王を中心に、左右降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉)を安置したことから、五大堂と呼ばれています。 現在の建物は、伊達政宗が再建したもので桃山式建築手法の粋をつくして完工したものです。

 今回を持ちまして 「ツアー仙台・松島の旅」 の写真展示を終了します。 次回から「沼津御用邸記念公園」の写真展示を行います。 
| 仙台・松島の旅 | 19:05 | comments(2) | - |
ツアー仙台・松島の旅(20) 松島散策 円通院(6)
円通院本堂
円通院本堂
松島町指定文化財・円通院本堂「大悲亭」です。
遠州の庭
遠州の庭
 本堂の前に心字の池で構成された歴史を感じさせる庭です。 この庭は伊達藩江戸屋敷にあった小堀遠州作の庭を移設したといわれています。 心字の池には蓮の花が補陀落山(ふだらくせん;観世音菩薩が住む山)にはモミジとツツジが季節の移ろいを感じされてくれます。

 本堂大悲亭は光宗君の江戸納涼の亭で、愛息の早逝を悼んで忠宗公が正保4年(1647)、解体移築したもので、寄棟造萱葺の瀟洒な姿は、小堀遠州作と伝わる前庭の雰囲気と相まって、禅寺らしい落ちついたたたずまいを見せています。(円通院パンフレットより)

 円通院の写真展示は今回で終わります。 静寂が漂う円通院は見応えのある歴史的建造物です。 松島にお越しの際は一度見学されることをおすすめします。

 【ミニ知識】 小堀遠州(こぼりえんしゅう) (日本史事典より)
 1579〜1647 江戸前期の大名茶人・造園家
近江(おうみ;滋賀県)の人。 初め豊臣家に仕え、関ヶ原の戦いののち徳川家に仕えた。 茶道では古田織部の門下で、遠州流をおこし、3代将軍家光の茶道師範。 造園・建築にもすぐれ、桂離宮・大徳寺孤篷庵(こほうあん)などが著名。
| 仙台・松島の旅 | 19:15 | comments(2) | - |
ツアー仙台・松島の旅(19) 松島散策 円通院(5)
朽木と祠
参道沿いにあった朽木と祠です。
名木
おんこ(アララギ・オンコともいう) 「イチイ科」 樹齢700年以上。 (八方睨みの名木と称せらる) 松島町教育委員会指定古樹名木 と掲示されています。
墓所
きれいに整備された院内の墓所です。
バラ園
日本最古のバラが植えてありますバラ園です。
バラ園の掲示板
バラ園の掲示板です。

 バラの庭「白華峰西洋の庭」です。 「三慧殿」の厨子に描かれているバラ、アカンサス、ガーベラなどをモチーフにして、仏教とキリスト教の出会いによって生まれたバロック的な庭です。(円通院パンフレットより)

 日本最古の洋バラをローマから持ち帰ったとされる 「支倉六右衛門常長」 について日本史事典と百科事典に次のように書いてあります。

 支倉常長(はせくら つねなが)1571〜1622
江戸初期の仙台藩士。慶長遣欧使節の正使。
通称六右衛門。藩主伊達政宗の命により、1613(慶長18)年遣欧使節としてノビスパン(メキシコ)からスペインに渡り、国王フェリペ3世に政宗の信書を呈した。 ついでローマに行きローマ教皇パウロ5世に謁見、通商を要請したが成功せず、1620年帰国した。 帰国後は、キリシタン禁制のため不遇のうちに没す。(日本史事典)

 江戸初期の陸奥(むつ)仙台藩士。 支倉時正の養子、六右衛門とも。 自署には長恒とある。 1613年伊達政宗の命を受け、フランシスコ会士ルイス・ソテロとともにメキシコを経てスペインのフェリペ3世に通商開設と宣教師派遣を求める政宗の書を渡し、さらに自ら受洗した(洗礼名ドン・フェリペ・フランシスコ)。 ローマでは教皇パウルス5世に謁見。 通商交渉は失敗し、1620年帰国後はキリシタン禁制のため不遇。(百科事典)

 【ミニ知識】 慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)(百科事典より)
 1613年(慶長18年)伊達政宗が支倉常長を使者としてローマに派遣した使節。 野心的なフランシスコ会宣教師ルイス・ソテロの勧めに基づいて計画され、ソテロ、ビスカイノら180余名を乗せた日本船で牡鹿(おじか)半島月ノ浦から出発。 メキシコを経てスペインに渡り1615年ローマに到着、パウルス5世に謁見して1620年帰国。しかし幕府の禁教政策のため主目的たるメキシコとの通商は果たされなかった。
| 仙台・松島の旅 | 19:18 | comments(0) | - |
ツアー仙台・松島の旅(18) 松島散策 円通院(4)
三慧殿参道
三慧殿への参道にある庭石です。苔がきれいです。
三慧殿
伊達家350年の秘蔵、国指定重要文化財 「三慧殿;さんけいでん」 です。
馬上束帯光宗像
三慧殿内宮殿形厨子(ずし;仏像などを安置する仏具)に安置されています「馬上束帯光宗像」です。

 光宗君は徳川家第二代将軍秀忠の娘振姫と伊達家第二代藩主忠宗の次男として生れた子です。 光宗君は伊達政宗公の嫡孫で幼少の頃より、文武に優れ、その才智は政権安定に力を注いでいた徳川幕府にとって恐るべき逸材でした。
 光宗君は江戸城内において19才という若さで卒し、その死因に関して毒殺説と病死説が伝えられています。
 霊屋は光宗君の死を悼んだ二代藩主忠宗公によって建立されたもので、厨子の中には白馬に跨がる衣冠束帯の光宗君の像と殉死された七人の像が祀られています。
 壮麗な厨子の図案は支倉六右衛門常長が西欧より持ち帰った様々な文化を模様として描き当時鎖国制度を施行していた徳川幕府に対しては、伊達家の霊廟と申し立て、その扉は開けることはなかったと言われています。 その為、3世紀半もの間公開されずに現代に至った伊達藩の秘蔵です。(円通院パンフレットより)
 伊達家350年の秘蔵、国指定重要文化財 「三慧殿」 正保3年(1646)建造
| 仙台・松島の旅 | 19:09 | comments(2) | - |
ツアー仙台・松島の旅(17) 松島散策 円通院(3)
円通院参道-1
円通院参道-2
円通院参道-3
円通院参道-4

 雨に濡れた参道に苔がきれいな円通院の境内です。 山門から 「三慧殿」 までの参道に苔のきれいな風景を見ることができます。 きれいな苔を見ていると、長い時の流れが醸し出す自然のいぶきを感じます。 心が洗われる思いです。
| 仙台・松島の旅 | 19:15 | comments(0) | - |
ツアー仙台・松島の旅(16) 松島散策 円通院(2)
石庭 「雲外天地の庭」
石庭 「雲外天地の庭」

 円通院の山門を入ると直ぐ左側にあります石庭 「雲外天地の庭」 です。 「天の庭」 は松島湾に実在する七福神の島を仏の庭として表し、「地の庭」 はいのちを意味した「三宝の庭」 です。 松島湾は白砂で周囲の山々はコケで表し、「天」 と 「地」 には天水橋がかかり 「天の庭」 と 「地の庭」 を結ぶ掛け橋です。(パンフレットより引用)

 撮影した日は、心配していました雨が降り出し、傘を差しての撮影でした。 雨に濡れた参道の石畳や枯山水の庭は静寂で美しい景観でした。 円通院のパンフレットを読んでも少々難解ですが、庭園の美しさは素晴しいです。
| 仙台・松島の旅 | 19:19 | comments(0) | - |
ツアー仙台・松島の旅(15) 松島散策 円通院(1)
円通院・山門
円通院の山門です。 豪壮質朴な切妻造り萱葺の薬医門で、本堂と共に松島町の文化財に指定されています。
縁結び観音
縁結び観音です。 この観音様は男性と女性または、今まで縁が無かった人をとりもつ 「縁結び観音」 です。 「縁結び観音」 は竜に乗った観音菩薩で、竜は男性を菩薩は女性を表し、竜が菩薩を背に乗せ天に上り和合します。(山門の左側にあります)

 瑞巌寺の西隣にあります円通院は、伊達家二代藩主忠宗の次男であります光宗の墓所(県重要文化財)  光宗は徳川二代将軍秀忠の娘・振姫(ふりひめ)と伊達家二代藩主忠宗の次男として生れた子です。 伊達政宗の嫡孫にあたります。
| 仙台・松島の旅 | 19:33 | comments(0) | - |
ツアー仙台・松島の旅(14) 松島散策 ずんだもち
洗心庵
瑞巌寺から円通院に向かう散策路にあります食事処 「洗心庵」 です。
ずんだもち
ガイドさんおすすめの仙台名物 「ずんだもち」 を 「洗心庵」 で戴きました。

 「ずんだ」 の語源は枝豆をつぶす(打つ)という意味の 「豆打(ずだ)」 が訛ったものとされています。 通説では仙台藩祖伊達政宗公が藩内の農地開墾の巡視のおりに訪問先の村で差し出された餅がたいそう気に入り、これを 『仙台藩豆打餅』 と名付け、藩内に広めたと伝えられています。

 「ずんだ」 のもととなる枝豆は大豆の 「未熟豆」 ですが、古くから食材として利用されており、タンパク質やポリフェノール(イシフラボン)が豊富なのはもちろん、成熟した大豆には無いビタミンA・Cを豊富に含むという健康食材です。(HPずんだ餅本舗より)

 適度なこしと歯ごたえがあり、枝豆の素朴な味が美味しかったです。 今や宮城県の代表的な 「ふるさとの味」 として全国にも知られているそうです。 是非宮城県にお出での際は一度 「ずんだもち」 の素朴な味を味わってください。
| 仙台・松島の旅 | 19:31 | comments(3) | - |
ツアー仙台・松島の旅(13) 松島散策 瑞巌寺(6)
洞窟群-1
洞窟群-2
洞窟群-3
瑞巌寺・洞窟群です。

 本堂へと続く参道は、静寂な趣のある杉木立と、もう一つの歩道には修行僧が生活した場所で苔むした洞窟群があります。 この洞窟で修行僧がどのような修行を積んだのか定かではありません。 昼間でも薄暗い洞窟の中で粛々と厳しい修行をしたのではないかと思います。
| 仙台・松島の旅 | 19:09 | comments(2) | - |
ツアー仙台・松島の旅(12) 松島散策 瑞巌寺(5)
瑞巌寺・臥龍梅・紅梅
臥龍梅・紅梅
臥龍梅・紅梅です。
瑞巌寺・臥龍梅・白梅
臥龍梅・白梅です。手前にあるのは南蛮鉄灯籠です。

 瑞巌寺に色香を添える名木 「臥龍梅;がりゅうばい」 です。(県指定天然記念物)
伊達政宗公が文禄2年(1953)、豊臣秀吉の命で朝鮮に出兵した折、かぶとを植木鉢として持ち帰った。 慶長14年(1609)、当寺落慶のときに政宗公自ら手植えしている。 中門より入って左が白、右が紅である。 その姿が臥せた龍に似ていることから臥龍梅と名付けた。 紅白ともに八重咲きで、実は7、8個ずつ鈴なりにつく。 花期は4月上旬。(HP瑞巌寺より引用)

 撮影したのが昨年の12月17日でしたので、開花にはほど遠い状態です。 枝ぶりからみると満開の時は、さぞかしきれいな梅花が咲くことでしょう。 一度満開の紅白梅をカメラに収めたいものです。 今年は暖冬で開花時期がいつもより早まるかも知れません。 お出かけの際はご確認下さい。
| 仙台・松島の旅 | 19:15 | comments(0) | - |
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