質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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PROFILE
広島の旅 その61 呉市(4) 大和ミュージアム 屋外展示
大和ミュージアム-1
大和ミュージアムからみる呉港の風景。
大和ミュージアム-2
館内に提示されている正岡子規の俳句「大船や 波あたたかに 鴎浮く」。
しんかい-1
しんかい-2
屋外展示 潜水調査船「しんかい」
戦艦やまと-1
戦艦やまと-2
 戦艦「大和」艦橋 このあたりは、戦艦「大和」の艦橋部分にあたる場所です。艦橋は、艦(ふね)の頭脳にあたるところで、司令塔、作戦室、主砲射撃指揮所、防空指揮所などが設置され、指揮に必要な各種装置が集中していました。艦橋の高さは、海面から約40メートルで10階程度のビルに相当します。
戦艦やまと-3
戦艦やまと-4
 戦艦「大和」 戦艦「大和」は、昭和16年(1941)年12月16日、呉海軍工廠で竣工しました。当時、最先端の技術を用いて建造され、現在でも世界の歴史上最大の戦艦です。昭和17(1942)年2月から1年間、連合艦隊旗艦となっていました。昭和20(1945)年4月、沖縄への海上特攻作戦に出撃し、九州南西沖でアメリカ軍の攻撃を受け沈没しました。ここでは、戦艦「大和」前甲板の左半分を実寸大で表現しています。
大和波止場-1
大和波止場・恋人の聖地
大和波止場-2
 戦艦「大和」の時鍾(じしょう)
【要目】基準排水量 65,000トン、最大速力 27.46ノット、全長 263.0メートル 全幅 38.9メートル
    時鍾(じしょう=タイムベル)
 時鍾は、その艦が就役している間、昼夜を問わず30分ごとに当直の時鍾番兵(じしょうばんぺい)が鐘を鳴らして艦内に時刻を告げるもので、その艦のシンボルともいえるものでした。鐘を鳴らす回数は、0:30の1点鐘に始まり、1:00は2点鐘、1:30分は3点鐘と続き、8点鐘で一巡します。2巡めは、4:30の1点鐘に始まり、1日で6巡します。鐘の打ち方にも独特の流儀があり、1点鐘の「カン」以外は、2連区切りというのがならわしでした。例えば、3点鐘は「カンカン カン」、4点鐘は「カンカン カンカン」と打ちます。

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 大和ミュージアムの屋外に展示されている潜水調査船「しんかい」は、戦後初の本格的潜水調査船として、昭和44(1977)に竣工し。深度600mまで潜航可能で、昭和52(1977)年1月に退役するまで、伊豆半島沖などで307回の潜水調査は行い、生物及び地下資源の海洋調査に多くの成果を残しました。記憶に残る調査船です。
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広島の旅 その60 呉市(3) 大和ミュージアム 館内展示品
大和ミュージアム-1
2階から見下ろす10分の1 戦艦「大和」艦首側
大和ミュージアム-2
艦尾側
大和ミュージアム-3
二階から見る10分の1 戦艦「大和」。
大和ミュージアム-4
主砲内部構造
大和ミュージアム-5
零式艦上戦闘機六二型
大和ミュージアム-6
 特殊潜航艇「海龍」 「海龍」は、飛行機のように翼を使って自由に潜航・浮上する事を目指して呉海軍工廠などで潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦です。全長:17.28m、水中速力:9.8ノット、乗員:2名。
大和ミュージアム-7
 連合艦隊司令長官 山本五十六(いそろく) 日本を代表する提督として知られる。第26代連合艦隊司令長官。
 昭和14(1939)年8月30日 阿部信行内閣発足時、米内光政海軍大臣の人事により、連合艦隊司令長官吉田義吾の後任として着任。太平洋戦争のはじまりである真珠湾攻撃では、連合艦隊旗艦「長門」、ミッドウェー海戦では連合艦隊旗艦「大和」で総指揮に当った。・・・・・
大和ミュージアム-8
大和ミュージアム・戦艦ミズーリ記念館姉妹館協定締結
大和ミュージアム-9
大型タンカー模型 長さ:300m、幅:57m、深さ:30m 大型タンカーの10分の1の大きさです。
大和ミュージアム-10
結索見本「ロープの結び方」 船で船員が用いるロープのさまざまな結び方をわかりやすく紹介するものです。
大和ミュージアム-11
ミュージアムショップ やまと

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 実物の10分の1サイズの戦艦大和の模型は、大和の海底調査や発見された資料により判明した最新の情報に基づいて制作されており、新たに判明した史実や資料があれば随時それに合わせて改装されている。
 大和ミュージアムの『やまとひろば』の2階は吹き抜けになってあり、10分の1大和を見下ろせるようになっています。1階「展示室 呉の歴史」では、日本の幕末から太平洋戦争終結までの戦史と呉海軍工廠の歴史、戦艦大和について、当時の記録映像の上映、海軍兵器の実物、戦没者の遺品などの歴史的資料の展示を通じて解説されています。
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広島の旅 その59 呉市(2) 大和ミュージアム 1/10大和
大和ミュージアム-1
大和ミュージアム-2
 大和ミュージアムの屋外に展示されている「戦艦陸奥 艦尾フェアリーダー(右舷用)」。フェアリーダーとは、船から出し入れするロープ類を保護する金物。
大和ミュージアム-3
 41センチ主砲身 戦艦「陸奥」に搭載された41センチ砲は呉海軍工廠で開発したもので「陸奥」の建造当時は世界最大の艦載砲であった。大正7年に量産初号砲を完成させ以降74門製造。
大和ミュージアム-4
スクリュープロペラ
大和ミュージアム-5
主舵
大和ミュージアム-6
戦艦「陸奥」案内板
大和ミュージアム-7
呉市宝町にある「呉市海事歴史科学館・大和ミュージアム」
大和ミュージアム-8
大和ミュージアム入口、NOフラッシュなら撮影OKです。
大和ミュージアム-9
入口を入ってすぐの『大和ひろば』には、実物の10分の1サイズの戦艦大和の模型が展示されています。
大和ミュージアム-10
大和ミュージアム-11
10分の1戦艦「大和」
大和ミュージアム-12
 認定 地域活性化に役立つ近代化産業遺産 欧米諸国に比肩する近代造船業成長の歩みを物語る近代化産業遺産群
 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の所蔵物(戦艦「大和」設計図面外3件)
 地域活性化に役立つ近代化科学産業遺産としてここに認定する 平成19年11月30日

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 呉市海事歴史科学館(愛称;大和ミュージアム)は、戦前・戦後の呉市における船舶製造技術を主たる展示内容とし、旧日本海軍の超大型軍艦「大和」の建造と軍事活動が中心となって、2005年4月23日開館、2005年の来館者数が123万人、2005年12月に公開の映画『男たちの大和』も大和ミュージアムの人気に大きく貢献。またこれにより街全体の観光客数も大幅に増加し、呉市は年間300万人以上が訪れる観光都市に成長しました。
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広島の旅 その58 呉市(1) JR呉駅 大和ミュージアム入口
JR呉駅
JR西日本 呉(くれ)線 呉駅 乗車人員 一日約1万2千人。駅ビルには「CREST;クレスト」と言う愛称が付く。
駅前広場-1
駅前広場に立つ彫刻。この彫刻は広島県出身、文化勲章受章者 圓鰐勝三氏の作「未来」。
駅前広場-2
駅前に展示されていいる「巨大スクリュー」。呉観光のキャッチフレーズ「海色の歴史回廊 くれ」。
案内板
呉市観光案内板、呉駅から歩いて行ける2大マストスポット「大和ミュージアム」「てつのくじら館」。
陸橋
駅の近くにある、ゆめタウン呉 歩道橋。
てつのくじら館
歩道橋からみる「てつのくじら館」
大和ミュージアム-1
「大和ミュージアム」。
大和ミュージアム-2
歩道橋から下りると直ぐにある「大和ミュージアム」。逞しい彫刻が目に入ります。
大和ミュージアム-3
撮影時(2016.10.19)の展示は第24回企画展「呉の人びとと戦艦大和の記憶」。
大和ミュージアム-4
入口広場に展示されている「戦艦陸奥の主錨」。

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 呉市は、広島県の南西部に位置し、瀬戸内海に面した気候穏和で自然に恵まれた臨海都市です。人口が約22万5千人で広島県内では福山市に次ぐ3位。地形的に天然の良港と言われ、古くは村上水軍の一派が根城にしており、明治以降は、帝国海軍・海上自衛隊の拠点となっています。造船・鉄鋼・パルプ・機械・金属などを中心とした臨海工業都市として発展しています。また、大和ミュージアム・てつのくじら館など海軍・海上自衛隊に関する博物館があります。
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広島の旅 その57 安芸の小京都 竹原(14) 酔景の小庭、町の風景
酔景の小庭-1
森川邸の前にある「酔景の小庭」。
酔景の小庭-2
本川の向こうに「日の丸写真館」旧館が見えます。
酔景の小庭-3
酔景の小庭-4
酔景の小庭-5
小庭に置かれた掲示板
壁画
町中で見かけた壁画。
竹取物語-1
竹取物語-2
竹取物語-3
竹取物語が描かれた壁画。
マンホール
竹とかぐや姫がデザインされたマンホールの蓋。
たけはら美術館-1
竹原市中央五丁目にある「たけはら美術館」。
たけはら美術館-2
美術館玄関ホールに展示されている彫刻、広島県出身の彫刻家 上田直次作「個性」。
たけはら美術館-3
美術館 中庭・竹庭
町の風景
竹のある町の風景。
竹原駅
可愛い駅表示板JR呉線「竹原駅」。これより次の訪問地「呉駅」へ向かいます。

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 たけはら町並み保存地区・酔景の小庭の撮影を終え、竹原市中央五丁目にある「たけはら美術館」へ。美術館には、日本画や書、工芸品などを始めとした作品や当館設立の母体となった竹原市出身の池田勇人元内閣総理大臣のメガネや証書などの貴重な遺愛品が展示されています。町屋が軒を連ねる竹原は、平安時代に京都下賀茂神社の荘園として栄えたことから「安芸の小京都」と呼ばれています。見どころ満載の観光スポットです。(竹原の項 完)
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広島の旅 その56 安芸の小京都 竹原(13) 市重要文化財 森川邸
森川邸-1
竹原市重要文化財 森川邸 表門
森川邸-2
森川邸 案内図
森川邸-3
玄関に置かれた四季山水屏風
森川邸-4
主屋・大広間
森川邸-5
主屋・座敷
森川邸-6
庭に面した主屋・縁側
森川邸-7
台所
森川邸-8
建屋の梁と傘棚
森川邸-9
森川邸-10
森川邸-11
美しい庭園

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 竹原市中央三丁目にある市重要文化財「森川邸」は、大正初期にもと塩田地帯を造成し、敷地に石垣・土塀をめぐらせ、主屋・離れ座敷・隠居部屋・茶室・土蔵・表門・脇門の建物を配している。
 主屋は、沼隈(福山市南方)の明治前期の富豪・山路家の主屋を移築・再生したもので、玄関・座敷及び台所を同時に増築して完成した。離れ座敷はやや遅れて新築された。
 茶室は、江戸末期から明治初期にかけて竹原を中心に活躍した文人・不二庵(ふじあん)の作となるもので、竹原市内から移築している。また座敷に面した庭園も設けられている。
 この住宅で特に評価されるのは、後世の改造が少なく、全建物が完存し、大正期の姿をよく保ってることである。近代の高級で大規模な和風住宅の代表例の一つとして価値が高く、竹原の建築文化の高さを示す貴重な建物である。(森川邸パンフレットより)
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広島の旅 その55 安芸の小京都 竹原(12) 町並み保存地区 春風館・復古館
光本邸-1
光本邸 竹原出身の陶芸家、今井政之・眞正・裕之親子三人の作品40点を展示しています。
光本邸-2
展示品 今井政之作 左;象嵌彩塩窯游華扁壺(2004年)、右;象嵌彩窯変鰈群鼎壺(2001年)
町並み保存地区-1
町並み保存地区-2
町並み保存地区の風景
春風館-1
春風館-2
春風館(しゅんぷうかん)頼山陽の叔父で頼春風の邸宅
復古館-1
復古館-2
 復古館(ふっこかん)春風館の西側に隣接して建てられた木造切妻造二階建、本瓦葺の数寄屋建築。頼春風の養子であった小園が安政6年(1859)に三男の三郎を分家、独立させたのが復古館の始まりです。
格子のある家
出格子が美しい町家。
日の丸写真館
住吉橋の袂に建つ木造三階建の「日の丸写真館」旧館、近代化産業遺産指定の由緒ある建造物。
本川
竹原市内を流れる「本川」、新港橋からの風景。

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 春風館頼家住宅と復古館頼家住宅は江戸時代末期から明治時代の住宅で、竹原市竹原地区重要伝統的建造物群保存地区内にあります。春風館は、頼山陽の叔父で広島藩の儒医であった頼春風の居宅として建てられました。現在の主屋は安政2年(1855)に再建されたものです。屋敷構えは道路に面して長屋門を建て、その奥に主屋を配していて、武家屋敷に似ている。主屋の背後には奥座敷、納戸蔵、米蔵などの附属屋をもち、主屋の座敷の前後には飛石や手水鉢を配した庭をつくるなど、規模の大きな上層の町家の特徴をよく示しています。(HP;広島県の文化財より)
| 広島の旅 | 19:03 | comments(0) | - |
広島の旅 その54 安芸の小京都 竹原(11) 町並み保存地区 照蓮寺、酒蔵交流館
照蓮寺-1
たけはら町並み保存地区の北側に位置するお寺「照蓮寺;しょうれんじ」。
照蓮寺-2
「龍頭山」の扁額が掛かる鐘楼と山門が一体となった「鐘楼門」。
照蓮寺-3
鐘楼門をくぐると正面に「本堂」、左右には美しい「かんざし灯籠」が目に入ります。
酒蔵交流館-1
藤井酒蔵 酒蔵交流館
酒蔵交流館-2
創業150年の酒蔵で日本酒の試飲ができる、お酒好きには嬉しいスポットです。
酒蔵交流館-3
酒蔵交流館-4
酒蔵交流館-5
江戸時代の末期に建てられた酒蔵の一角を改造した酒蔵交流館は、太い柱や天井の梁が150年余りの伝統を物語、ほんのりと酒の香りが漂っています。
町並み保存地区-1
町並み保存地区-2
小京都の雰囲気が漂う「町並み保存地区」の風景

JUGEMテーマ:写真

 たけはら町並み保存地区、本町通りの北側、胡堂(えびすどう)を右手に進むと「照蓮寺」があります。照蓮寺は、浄土真宗本願寺派の寺。木村城城主竹原小早川氏の帰依も厚くその学問所となっていました。寺にある「高麗鐘」は、総高68.3cm、口径40cm、口縁の厚さ3cmの国の重要文化財です。小早川家が唐物貿易により寄進したと言われ、日本にある高麗鐘の中で3番目に古い峻豊4年(963)と陽刻されています。(ひろしま竹原観光ナビより)
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広島の旅 その53 安芸の小京都 竹原(10) 町並み保存地区 胡堂
町並み保存地区-1
竹原市歴史民俗資料館の横に建つ古い土蔵。
町並み保存地区-2
 資料館と土蔵の間に立つ「地割跡」 竹原の町並みは、江戸時代の面影をよく残しています。江戸時代の竹原の地割を描いた1718年の惣絵図(そうえず)をみると、その中に記されている道路の長さと現在残っている道路の長さが一致することから、道路がこの時代から全く動いていないということが確かめられるそうです。
町並み保存地区-3
立て看板に誘われて、土蔵左側の路地へ
町並み保存地区-4
町並み保存地区-5
抱え地蔵 静かに持ち上げてお願い事をして下さい。きっとあなたに幸運が来ます。
町並み保存地区-6
町並み保存地区-7
県史跡 頼山陽の祖父・頼惟清(らい これすが)の旧宅。
町並み保存地区-8
旧宅は無料開放。自由に見学できます。
町並み保存地区-9
町並み保存地区-10
町並み保存地区 本町通り、通りの先にお堂が見えます。
町並み保存地区-11
本町通りのT字路、道の真ん中にあるお堂「胡堂;えびすどう」。

JUGEMテーマ:写真

 たけはら町並み保存地区のメイン道路、本町通りを北に進むと、道の真ん中にお堂「胡堂」があります。「胡堂」は竹原の小祠中、最大規模で最古の建築。1983年(昭和58)大林宣彦監督の映画「時をかける少女」の撮影が行われた場所です。原田知世初主演の映画で、第7回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。映画ファンなら一度は訪れてみたいスポットです。
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広島の旅 その52 安芸の小京都 竹原(9) 竹原市歴史民俗資料館
町並み保存地区-1
町並み保存地区の風景
町並み保存地区-2
町並み保存センター前に立つ、デザインされた電話ボックス
町並み保存地区-3
 竹原 町並み保存センター 町並みの解説や歴史の説明を、映像によって行なっていて、外観しか見ることができない旧家の内部構造も知ることができます。残念ながら撮影当日は、休館日で入場できませんでした。
町並み保存地区-4
町並み保存地区で見かけた、ゆめ水車 ―五星―
町並み保存地区-5
竹原市歴史民俗資料館と憧憬の広場
町並み保存地区-6
町並み保存地区-7
「憧憬の広場」に建つ「竹鶴政孝&リタ像」
町並み保存地区-8
モダンな洋風建築の「竹原市歴史民俗資料館」。
町並み保存地区-9
 館内に展示されている「釜屋(かまや)」模型
 釜屋は塩田の施設の一つで、かん水(濃い塩水)を煮詰めて塩の結晶を作っていました。釜屋の燃料は、当初は松葉・松枝などを使っていましたが、後に石炭が使われるようになりました。
町並み保存地区-10
 酒づくり 竹原の造り酒屋は、江戸時代前期の明暦3年(1657)に16軒もあり、最盛期の大正時代には、約30軒となりました。今でも、享保18年(1733)創業の「竹鶴酒造」、文久3年(1863)創業の「藤井酒造」、明治4年(1871)創業の「中尾醸造」の3蔵が、純米酒にこだわった竹原らしい酒づくりを続けています。
町並み保存地区-11
 竹原の偉人 “文教の地 竹原” は国内外に影響を与えた偉人を輩出しています。
 竹鶴政孝(1894―1979)日本ウイスキーの父 ウイスキーに生涯を捧げ、国産の本格ウイスキーづくりに成功しました。ニッカウヰスキー株式会社を創業し、NHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルとなりました。
 池田勇人(1899―1965)第58〜60代内閣総理大臣「所得倍増計画」という積極的な経済政策により戦後復興を果たし、「東洋の奇跡」と称された高度経済成長の礎を築きました。その政治手腕は高く評価されています。
 三村剛昴(よしたか)(1898―1965)日本物理学の先駆者 三村が唱えた「波動幾何学」は、世界的反響を呼び、三村理論として日本の理論物理学会に一派を築きました。原爆を経験した物理学者として平和活動を行いました。
町並み保存地区-12
静かな佇まいの町並み保存地区の風景。

JUGEMテーマ:写真

 竹原市歴史民俗資料館は、昭和の初期、図書館として建てられたレトロモダンな洋風建築。もともとは江戸時代中期の儒学者、塩谷道碩の旧宅跡で、頼山陽の叔父、春風が志を受け継いで学問所にしていたところです。館内には、当時赤穂の塩とともに名を馳せ、町に繁栄をもたらした製塩業の歴史や資料などが展示されています。
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