質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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山口の旅 その116 下関市 吉田 東行庵(4) 東行記念館
JUGEMテーマ:写真
東行記念館-1
東行庵境内にある 「東行記念館」。
東行記念館-2
館内に掲示されている 「高杉晋作」。
東行記念館-3
高杉晋作の花押。
東行記念館-4
東行記念館-5
小倉戦争の戦利品 「灯籠」。
東行記念館-6
記念館2Fにある 「下関市立東行記念館展示室」、これより先は撮影禁止です。
東行池-1
東行池-2
記念館前にある 「東行池」。
高杉晋作歌碑
東行池の辺に建つ 「高杉晋作歌碑」。 上の句・晋作、下の句・望東尼。

 慶応3(1867)年4月14日、晋作の枕元には父母、妻妾、友人らがつめかけていた。 その中に、かつて筑前に逃亡中、晋作をかくまってくれた野村望東尼の姿があった。 望東尼は先年、玄海沖の姫島に幽閉されていたところを晋作らに救出され、白石正一郎宅にかくまわれていた。

 晋作は辞世の句を書き出した。 「面白き こともなき世に おもしろく」 と、ここで気力が尽き、筆を取り落とした。 そこで、望東尼は晋作に代わりに下の句を付けてやった。 「すみなすものは 心なりけり」。 晋作は 「おもしろいな」 と、微笑んだ・・・。 そして、静かに息をひきとったのだった。 晋作、27歳と8ヶ月の生涯であった。
(HP高杉晋作より)

 今回で山口の旅・下関編は終わりです。 次回より 「山口の旅」 の最後は、金子みすゞこころのふるさと 「仙崎」 編を写真展示します。 見て下さい。
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その115 下関市 吉田 東行庵(3) 高杉晋作陶像
JUGEMテーマ:写真
東行庵-1
東行庵境内案内図
東行庵-2
東行庵-3
梅処尼の墓
東行庵-4
二代・梅仙尼の墓(右)、三代・玉仙尼の墓
東行庵-5
 高杉東行(晋作)顕彰碑
  高さ3.2米 巾1.5米 
  従二位公爵毛利元昭公篆額(てんがく;碑の上部に篆文で書いた題字)
  正二位大勲位公爵伊藤博文撰(せん;詩文をつくること)
 この碑は明治44年この山上に建てられ同5月井上馨公によって除幕された。 動けば雷電の如く発すれば風雨の如しという名文に始まって東行の残した業績がよく書いてあり、字は明治の三筆といわれた杉孫七郎のものである。
東行庵-6
 贈正四位 福田俠平(公明)碑
 明治43年かっての盟友山県有朋の撰文を得て建てられた騎兵隊軍監福田俠平の顕彰碑、高杉晋作に信頼され奇兵隊で共に行動した。 晋作の死後は北越に従軍、病気のため、明治元年11月14日下関で没。
東行庵-7
東行庵-8
東行庵-9
東行庵の境内に建つ 「高杉晋作陶像」。

 高杉晋作(東行)
 天保10年(1839)8月20日、萩市菊屋横町に生まれ、慶応3年(1867)4月14日下関市新地で病死するまでのわずか27年7ヵ月という短い一生を、これほどはげしく燃えつくした人はいなかった。
 近代日本のあけぼの明治維新の最大の推進力は長州藩であったが、その長州藩をひっぱって行ったのは実に彼であった。 彼の創設した奇兵隊に明治維新の精神があったともいえる。
 つねに大局をつかみ、敢然と一歩さきを歩み続けた高杉東行こそ、今日におけるもっとも期待される人間像である。(維新の史跡 東行庵より)
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その114 下関市 吉田 東行庵(2) 高杉晋作の墓
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東行庵-1
東行庵境内 これより高杉晋作の墓へ
東行庵-2
東行庵-3
灯籠横に建つ 「白石正一郎歌碑」。
東行庵-4
参道の先に色鮮やかな楓(2015・12・03撮影)
東行庵-5
東行庵-6
樹齢300年の楓 「東行楓」。
東行庵-7
境内に立つ石碑 「史蹟高杉晋作墓」。
東行庵-8
柵に囲まれた、高杉晋作と福田公明の墓。
東行庵-9
寄進の灯籠(木戸孝允・井上馨・伊藤博文)が立つ 「高杉晋作の墓」。
東行庵-10
東行庵-11
高杉晋作の墓
東行庵-12
東行庵-13
高杉晋作の墓側に葬られた 「福田公明の墓」。

 東行庵は下関市吉田にある曹洞宗の寺院で巧山寺の末寺です。 山号は清水山。 山陽花の寺二十四か寺第八番札所。
 慶応3年4月(1867年)に死去した高杉晋作の遺骸は、遺言により奇兵隊の本拠に近いこの地に葬られました。 晋作に仕えていた愛人おうの(谷梅処)が出家し、明治42年(1909)に亡くなるまで晋作をこの地で弔いました。
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その113 下関市 吉田 東行庵(1) 東行庵
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吉田-1
吉田-2
吉田旧街道
吉田-3
吉田町の歴史と観光
吉田-4
吉田宰半・勘場御茶屋跡(御本陣)
吉田-5
朱色がきれいな 「晋作橋」
吉田-6
池に映える美しい紅葉。
東行庵-1
入口に建つ大きな石碑 「東行庵(とうぎょうあん」。
東行庵-2
石橋を渡って東行庵へ東行庵-3
東行庵-4
小原六六庵詩碑
東行庵-5
飯田蛇笏(いいだだこつ)句碑 「松風にきヽ耳たつる火桶かな」 
東行庵-6
東行庵-7
 東行庵  高杉晋作(東行)の愛人おうのは東行の死後尼となり谷梅処と名のって、その墓を守り菩提をとむらいました。 東行庵は明治17年かっての同志らの寄付によって建立されました。 現在、東行庵は宗教法人で曹洞宗です。

 下関駅より、吉田方面行バスで約1時間、バス停 「東行庵入口」 下車、徒歩約10分のところに 「東行庵」 はあります。 奇兵隊の創設者・高杉晋作の菩提寺。 春は梅、夏は菖蒲などの花の名所としても知られ、四季の折々のイベントも開催されています。
| 山口の旅 下関編 | 19:08 | comments(0) | - |
山口の旅 その112 下関市 城下町長府 市立美術館
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旧野々村家表門-1
旧野々村家表門-2
市指定文化財 「旧野々村家表門」、130石馬廻格野々村家の表門。
御影の井戸-1
御影の井戸-2
壇具川沿いにある、御影の井戸(藤原道真公ゆかりの井戸)。
総社跡-1
総社跡-2
惣社町(そうしゃまち) 毛利邸の門の前にある 「総社跡」。
国分寺跡-1
国分寺跡-2
長府宮の内町にある 「国分寺跡」。
市立美術館-1
下関市長府黒門東町1-1にある 「下関市立美術館」。
市立美術館-2
市立美術館-3
市立美術館-4
市立美術館-5
屋外で見れる芸術作品。
市立美術館-6
美術館の庭で見れる美しい紅葉

 歴史ある城下町長府の一角に1983年に開館した美術館。 長府出身で近代日本画の祖といわれる狩野芳崖、下関市と縁が深い高島北海、香月泰男、桂ゆきなどの作家の秀作をはじめ、近現代の洋画・日本画を中心に、収蔵・展示をし、年4〜5回程度の所蔵品展示のほか、特別展を開催しています。(美術館HPより)
 今回で、城下町長府の項は終わりです。 「城下町長府散策MAP」 に従って町の見どころを撮影してきました。 長府毛利藩の城下町として栄えた長府は、歴史ロマンあふれる美しい町です。
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その111 下関市 城下町長府 覚苑寺
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覚苑寺-1
下関市長府安養寺にある覚苑寺(かくおんじ)。
覚苑寺-2
覚苑寺
覚苑寺-3
覚苑寺案内
毛利家墓所-1
県指定記念物(史跡)長府藩毛利家墓所
毛利家墓所-2
3代藩主綱元墓所
毛利家墓所-3
13代藩主元周墓所と室の智鏡院の墓所(左)
長門鋳銭所跡
 境内にある国指定史跡 長門鋳銭所跡(ながとのじゅぜんしょあと)
 「長門鋳銭所跡」は、奈良・平安時代に長門鋳銭司(使)が置かれ、銭貨の鋳造を行った官営工房跡です。 江戸時代前期の寛永年間(1624〜1643年)には鋳銭遺物の出土が記録されており、現在まで、数度におよぶ発掘や調査が行われ、「和同開珎(わどうかいちん)」 銅銭やその鋳型、坩堝(るつぼ)、鞴羽口(ふいごはぐち)などの銭貨鋳造用具のほか、貨幣鋳造に伴う副産物である銅滓(どうさい)などが多数出土しています。 このことから、最も著名な古代流通貨幣である 「和同開珎」 の鋳造場所であることが明らかであるとして、その一部が 「史跡長門鋳銭所跡」 として国の史跡指定を受けています。・・・・(掲示版より)
和同窯-1
境内にある和同焼の窯元
和同窯-2
展示されている和同焼
狩野芳崖銅像
境内に建つ 「狩野芳崖(かのうほうがい)像」 狩野芳崖・・・日本画家。 長門長府の人。 木挽町狩野に学び、のちフェノロサに知られ、明治期日本画の革新に貢献。 作 「非母観音」 「不動明王」 など。 (1828〜1888)(広辞苑より)
乃木希典像
境内に建つ 「乃木希典(のぎまれすけ)像」
美しい紅葉
覚苑寺は紅葉の名所、この時期紅葉がきれいです。(2015・12・01撮影)

 覚苑寺は、長府毛利藩3代目藩所綱元(つなもと)が建てたお寺で、毛利家の菩提寺の一つです。 また付近一帯は、和同開珎(わどうかいちん)の鋳銭所のあとで、出土品は長府博物館(現在休館中)に展示されています。 境内には、狩野芳崖、乃木希典の銅像や和同焼の窯元があります。 覚苑寺は紅葉の名所でもあります。 きれいな紅葉を撮影することができました。
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その110 下関市 城下町長府 乃木神社・横枕小路
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乃木神社-1
下関市長府宮の内町にある 「乃木神社」。
乃木神社-2
乃木神社・社殿
乃木神社-3
乃木神社-4
境内にある 「さざれ石」。
乃木神社-5
境内に建つ乃木大将御夫妻像と名馬寿(ス)号像
名馬寿号は、明治38年(1905)日露戦争での旅順陥落の際、ロシアのステッセル将軍から、乃木希典に武勇を称えて贈られたもの。 ステッセルの名にちなみ、寿号と名付けられた。
乃木神社-6
乃木希典・静子夫妻
乃木神社-7
 乃木旧邸(長府宮の内町)
 乃木希典(のぎまれすけ)は、嘉永2年(1849)11月、長府藩士乃木希次の子として、江戸麻布の長府毛利藩邸に生まれたが、安政5年(1858)、10歳のとき父とともに長府の地に帰り、16歳で萩に従学するまで、私塾集堂場において学ぶなど、長府城下で過す。
 現在保存されている乃木旧邸は大正3年(1914)、乃木記念会がそのゆかりの地に、忠実に復元したもので、家屋の造りは、六畳と三畳の二間、押入れ、それに二坪の土間という極めて質素な生活をしのばれせている。 また調度品等も当時を再現したもので、風呂敷包が天井につりあげてあるなど、生活の工夫もみられて興味深い。
 なお、六畳の間に相対して置かれている父、母、そして少年からなる三体の等身大木彫坐像は、乃木大将の甥にあたり、明治から大正にかけて活躍した著名な彫刻家長谷川栄作の製作によるもので、乃木少年が、父親から訓話を受けている場面が、見事に表現されている。(掲示版より)
乃木神社-8
乃木旧邸六畳間、乃木少年が父親から訓話を受けている場面。 正面奥の蒔絵置箪笥は、少年の父・希次が藩主毛利元運(もとゆき)公より拝領された遺品。
乃木神社-9
乃木神社境内に建つ 「宝物館」 入口。
乃木神社-10
乃木神社-11
乃木神社-12
宝物館内部の展示品。
横枕小路-1
横枕小路(よこまくらしょうじ)
長府城下町の小路の中でも代表的な通りで乃木家もこの地にあった。(石碑より)
横枕小路-2
横枕小路は乃木神社の左の路地、樹葉に覆われた土塀の空間は、そのままタイムトンネルを想わせます。

 長府宮の内町にある乃木神社は、日露戦争時の陸軍将軍として知られ、幼年期を長府で暮らした乃木希典と、その妻である静子夫人を祀る神社です。 地元では学問にご利益があると親しまれています。 境内には夫妻の銅像、乃木希典ゆかりの調度品や遺品を所蔵・展示する宝物館、旧邸などがあります。

 乃木希典(広辞苑より)・・・軍人。 陸軍大将。 長州藩士。 日露戦争に第3軍司令官として旅順を攻略。 後に学習院長。 明治天皇の大葬当日、自邸で妻静子とともに殉死。(1849〜1912)
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その109 下関市 城下町長府 忌宮神社
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忌宮神社-1
忌宮神社(いみのみやじんじゃ)鳥居
忌宮神社-2
神社境内にある鬼石(おにいし)
忌宮神社-3
 数方庭(すほうてい)の由来と鬼石
 第十四代仲哀天皇は、九州の熊襲の叛乱を平定のためご西下、ここ穴門(長門)豊浦(長府)に仮の皇居を興されたが仲哀天皇七年旧暦の七月七日に朝鮮半島の新羅国の塵輪が熊襲を煽動し豊浦宮に攻め寄せた。 皇軍は大いに奮戦したが宮内を守護する阿部高麿、助麿の兄弟まで相次いで討ち死にしたので、天皇は大いに憤らせ給い、遂に御自ら弓矢をとって塵輪を見事に射た押された、賊軍は色を失って退散し皇軍は歓喜のあまり矛をかざし旗をふりながら塵輪の屍のまわりを踊りまわったのが数方庭(八月七日より十三日まで毎夜行われる祭)の起源と伝えられ、塵輪の顔が鬼のようであったところからその首を埋めて覆った石を鬼石と呼んでいる。(説明板より)
忌宮神社-4
忌宮神社-5
荒熊稲荷神社-1
忌宮神社内にある「荒熊稲荷神社」。
荒熊稲荷神社-2
荒熊稲荷神社由緒
相撲資料館-1
荒熊稲荷神社に隣接してある 「相撲資料館」。
相撲資料館-2
相撲資料館入口
相撲資料館-3
資料館展示室 第62代横綱 大乃国の化粧回し
相撲資料館-4
元大関・魁傑の化粧回し・優勝杯と大銀杏
相撲資料館-5
資料館展示品

 忌宮神社 長門国二の宮で仲哀(ちゅうあい)天皇・神功(じんぐう)皇后が西国平定の折り、ここに豊浦宮(とよらのみや)を建て、7年間滞在したと言われています。 毎年8月7日から一週間行われる 「数方庭」 は、境内の鬼石の周りを十数メートルもある竹の幟(のぼり)を抱えて回る 「天下の奇祭」 として知られています。 また仲哀天皇に渡来人が蚕種(さんしゅ;蚕の卵)を献上したという伝説から、蚕種渡来の地の碑が境内の一角にあります。
 また、隣接してある相撲資料館は、山口県出身の放駒親方(元大関・魁傑)は、荒熊稲荷神社の祭礼 「三日相撲」 に毎年参拝され、放駒部屋発展などを祈願されておられます。 その縁から荒熊稲荷神社改築10周年を記念して三日相撲放駒部屋相撲資料館が開館。 貴重な化粧回しや優勝杯などが展示されています。
| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
山口の旅 その108 下関市 城下町長府 長府藩侍屋敷長屋
JUGEMテーマ:写真
長府藩侍屋敷長屋-1
下関市長府侍町にある 「長府藩侍屋敷長屋」。
長府侍町
長府侍町
長府藩侍屋敷長屋-2
 下関市指定文化財 長府藩侍屋敷長屋
 この長屋は、長府藩家老職であった西家の分家(長府藩御馬廻役 220石)の本門に附属していたものをこの地に移設し整備した。 建築年代は未詳であるが、建築規模や格子窓の形態から江戸後期の建築物と推測される。
 構造は桁行八間、梁間二間、単層、屋根入母屋造り桟瓦葺きである。 特長として屋根の形態が上げられる。 すなわち化粧垂木と野垂木を使い軒下勾配をゆるく、屋根面に反りをつけた社寺建築の技法がみられる。
 後年、表の建具まわり内部の一部を改造しているが、柱・梁・小屋組などは当初の材料を残している。 特に供待ちとして使われた四畳、八畳の間や土間は原形を留めており江戸後期の上流武家長屋の遺構を残している。 下関市教育委員会
長府藩侍屋敷長屋-3
長府藩侍屋敷長屋-4
長府藩侍屋敷長屋-5
旧西家長屋
長府藩侍屋敷長屋-6
町を流れる壇具川沿いに移築・保存されている長府藩侍屋敷長屋。
壇具川-1
壇具川
壇具川-2
壇具川-3
巌具川沿いの散策路。 この先の左側に 「笑山寺」、右側に 「巧山寺」 があります。

 町を流れる壇具川沿いに建つ長府藩侍屋敷長屋は、江戸時代後期の建物と推測されています。 長府藩上級藩士の屋敷、社寺建築の技法が用いられいる屋根など、造りの重厚さが当時の上級藩士の邸宅の様子をよく現わしています。 現在は、城下町の観光MAPなどが置かれ憩いの場として利用されています。
| 山口の旅 下関編 | 19:12 | comments(0) | - |
山口の旅 その107 下関市 城下町長府 古江小路
JUGEMテーマ:写真
古江小路-1
長府毛利邸から見る 「古江小路(ふるえしょうじ)」。
古江小路-2
古江小路・切通し(きりどおし;山・丘などを切り開いて通した通路)。
古江小路-3
古江小路 風呂屋小路の名も伝えられるが、古くはこのあたりまで入江となっていたことから、古江小路といわれる。(石碑より)
古江小路-4
長府毛利藩の城下町として栄えた長府、歴史ロマンあふれる古江小路。
古江小路-5
古江小路に面してある 「菅家長屋門(かんけながやもん)」。
古江小路-6
菅家長屋門・練塀(下関市指定有形文化財)
古江小路-7
古江小路は、石垣と練塀が続く、映画・時代劇のセットのようなロケーション。
古江小路-8
練塀の色と紅葉が相まった美しい風景です。

 長府毛利邸に隣接して古江小路はあります。 古江小路は、長府城下町の散歩道。 石垣と練塀(ねりべい;土と瓦とで築き、上を瓦で葺いた土塀)が歴史のロマンを感じさせます。 小路に面してある菅家は、侍医兼侍講職を務めた格式ある家柄です。 この長屋門は、代々藩中医家随一のふさわしい構えを見せています。

| 山口の旅 下関編 | 19:00 | comments(0) | - |
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