質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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PROFILE
滋賀・長浜と彦根の旅 その31 北国街道木之本地区-2(長浜市)
北国街道-1
情緒漂う北国街道。
北国街道-2
創業嘉永五年の老舗。
上阪五郎右衛門家-1
北国街道沿いに建つ 「元庄屋 上阪五郎右衛門家」。
上阪五郎右衛門家-2
 元庄屋 上阪五郎右衛門家
 北木之本村 庄屋のこの家は江戸末期、弘化4年(1847)の建築。 二階を低くした典型的な役人家屋。 人馬駄賃帳ほか、古文書が多く保存されている。 駕籠が常置されていた。
街道の風景-1
北国街道の表示。
街道の風景-2
街道の風景-3
街路灯にデザインされている家紋。
街道の風景-4
街道で見かけた風景。
街道の風景-5
滋賀の経済再生に全力 三本の槍。
街道の風景-6
格子戸に素朴な花が似合います。
街道の風景-7
軒下下がる暖簾。
街道の風景-8
街道で見かけた風景。
地蔵坂
撮影を終え、地蔵坂を下りJR木ノ元駅へ。
JR木ノ本駅
JR木ノ本駅へ到着。
JUGEMテーマ:写真

 賤ケ岳の合戦に際には、羽柴秀吉が大垣から木之本間(13里・約52km)を約5時間で駆けつけ、動揺した柴田勝家軍との戦いに勝利し 「大垣大返し」 と呼ばれ、山崎の合戦の際の 「中国大返し」 とともに、秀吉の二大大返しとして有名です。(HP;木之本観光案内所より) 

 今回で31回わたって写真展示しました滋賀・長浜編を終え、次回より彦根編の写真を展示します。 見て下さい。 国宝・彦根城が素晴らしいです。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その30 北国街道木之本地区-1(長浜市)
北国街道
北国街道 郡役所跡
冨田家-1
北国街道沿い建つ 「冨田八郎家」。
冨田家-2
軒下に下がる杉玉(酒林)と馬繋ぎ金具(右端下)
冨田家-3
 冨田八郎家
 先祖は昔北近江を治めていた近江源氏佐々木京極。下剋上で浅井氏が台頭し天文2年(1533)当地へ移り住む。 爾来(じらい;その時以来)造り酒屋を営む傍ら庄屋をつとめ教育・産業・福祉等地域発展に尽くした。
 明治天皇北陸ご巡幸の際、岩倉具視が宿泊。 母屋は延享元年(1744)建。 軒下柱馬繋ぎ金具に宿場の面影を残す。(掲示板より)
竹内家-1
北国街道沿いに建つ 「旧本陣 竹内五左衛門家」。
竹内家-2
表札 「御薬所 本陣」 と馬繋ぎ金具。
竹内家-3
軒下に掲げられた看板。
竹内家-4
軒下に下がる看板。
竹内家-5
 旧本陣 竹内五左衛門家
 京都、江戸、北陸を結ぶ、宿場の本陣跡。 藩政時代には、大名などが、絶えず宿泊した宿札や記録が数多く残っている。 また将軍の息女、溶姫一行が滞在したときは、三千人分の寝具などを、助郷から集めたと記されている。
 先々代の当主は、明治二十六年、全国で日本薬剤師第一号の免状を取得されている。 軒下柱の馬繋ぎ金具に宿場の面影を残す。(掲示板より)
JUGEMテーマ:写真

 北国街道は、米原・長浜・木之本と北上し、栃ノ木峠を越えて越前国に入り、北行して福井城下へ。 さらに加賀・越中・越後および出羽方面などと結ばれる日本海側の幹線道です。 木之本の街道沿いに建つ建造物から当時の繁栄の面影を知ることができます。 掲示板は、その地に立って当時の様子が読み取れる旅の楽しみです。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その29 木之本地蔵院(長浜市)
木之本地蔵院-1
JR木之本駅より徒歩にて5分のところにある 「木之本地蔵院」。
8月の大縁日には、地蔵坂や北国街道沿いにたくさんの露店が所狭しと並び、約10万人の参拝者で賑わいます。(7月8日撮影)
木之本地蔵院-2
木之本地蔵院-3
木之本地蔵院-4
手水舎
木之本地蔵院-5
木之本地蔵院-6
本堂(地蔵堂)
木之本地蔵院-7
木之本地蔵院-8
為 諸堂修復修繕奉納瓦
木之本地蔵院-9
境内に立つ高さ約6mの地蔵菩薩大銅像は、秘仏である本尊を模した 「木之本のお地蔵さん」。 これは日本三大地蔵の一つとされています。
JUGEMテーマ:写真

 木之本地蔵院は、長浜市木之本町にある眼病平癒の仏様として知られる時宗(宗派)の寺。 境内に立つ高さ約6mの地蔵像は秘仏である本尊(重要文化財)を模しており 「木之本のお地蔵さん」 が全国から訪れる参拝者を出迎えます。 寺の歴史は古く、白鳳時代に遡ります。 空海、木曽義仲、足利尊氏も参拝した記録があり、賤ケ岳の合戦では秀吉が陣を置きました。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その28 戦国大河きのもと館(長浜市)
JR木ノ本駅
一旦、JR木ノ本駅へ戻り 「戦国大河きもと館」 へ
駅前に立つ看板
駅前に立つ大きな看板。
地蔵坂商店街-1
ゆるやかな上り坂の「地蔵坂商店街」。
地蔵坂商店街-2
正面のT字路で北国街道へ、正面大屋根は 「木之本地蔵尊」。
北国街道
北国街道の宿場町として賑わった街並み。
戦国大河きのもと館-1
北国街道沿いに建つ 「きのもと交遊館」。 現在、黒田官兵衛博覧会開催中。
戦国大河きのもと館-2
博覧会は12月28日まで開催。 「賤ケ岳合戦」 や 「黒田家発祥の地」 をジオラマ等で語り部ガイドが案内します。
戦国大河きのもと館-3
 きのもと交遊館
 江戸時代には北国街道木之本宿の問屋場、明治以降は警察署が置かれた地に昭和10年 「湖北銀行木之本支店」 として新築されたRC造の建物で、伊香郡の経済と流通の中心として湖北地域の繁栄を担ってきました。
 町民に親しまれてきたこの歴史的建造物は、木之本町の伝統文化を次代に継承し、先人に学ぶ新たなまちづくり拠点 「きのもと交遊館」 として生まれ変わりました。
 RC造とは、鉄筋コンクリートを用いた建築の構造(Reinforced―Concrete)
戦国大河きのもと館-4
 賤ケ岳の七本槍
 賤ケ岳の戦で勇名をはせた加藤清正・福島正則・加藤嘉明・平野長泰・脇坂安治・糟屋武則・片桐且元の七人の総称。
戦国大河きのもと館-5
大河ドラマ軍師官兵衛 入場規約。 撮影はここまで、これ以上は撮影禁止。
JUGEMテーマ:写真

 黒田観音寺や大澤寺の参拝を終え、一旦木ノ本駅へ戻り、ゆるやかな坂道の地蔵坂商店街を通り北国街道沿いにある 「きのもと交遊館」 へ。 現在 「きのもと交遊館」 では大河ドラマ軍師官兵衛の博覧会が開催中です。

 【ミニ知識】 賤ケ岳の戦(日本史事典より)
 安土桃山時代、近江国(滋賀県)賤ケ岳で行われた豊臣秀吉が柴田勝家を破った合戦。 本能寺の変後、両者は織田信長の後継者の地位を争い、1583年琵琶湖北方において合戦。 秀吉旗下の福島正則・加藤清正らのいわゆる七本槍が奮戦し勝家を撃破した。勝家は越前北庄にのがれ自刃。 以後秀吉の声望が高まった。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:08 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その27 黒田家御廟所(長浜市)
案内板
大澤寺参拝後、案内板に従って 「黒田家御廟所」 へ
のぼり
道沿い立つ 「黒田家発祥の地 木之本町黒田」 の幟
黒田家家紋
黒田家の家紋
黒田家廟所-1
黒田家始祖御廟所
黒田家廟所-2
黒田家廟所-3
木之本町黒田に建つ 「黒田家始祖御廟所」。 石碑には 「黒田氏舊(旧)縁之地」 と刻まれています。
黒田家廟所-4
昭和48年(1973)に発掘された 「源宗清の名が刻まれた石塔」。
黒田家廟所-5
傍らに建つ碑文。・・・黒田氏之元祖也、の文字が刻まれています。
黒田家廟所-6
 筑前国福岡藩主 黒田氏と近江国伊香郡 黒田村
 筑前国福岡藩主黒田氏の始祖は、当地の御廟に祀られている 「源宗清(宗満とも)」 で、ここ黒田に館を構え、この地方を統治し、姓も地名から黒田判官と称した。(黒田藩編纂 貝原益軒著 「黒田家譜」 より)
 この周辺は、当時の屋敷跡で 「構屋敷(かまえやしき)」 と呼ばれ公共の使用以外は遠慮したと今に伝え、舊(旧)縁の地として昭和2年(1927)石碑が建立された。
 さらに、昭和48年(1973)集会所改築時に 「源宗清」 名が刻まれた石塔が見つかり、これにより黒田氏始祖の地が確定され、碑文にも明記された。
 黒田家では、ここに覆屋(おおいや)を作り、出土した石塔を納めて祀り、御廟所として翌年竣工した。
 この初代宗清より6代の高政(たかまさ)まで約二百年間、黒田氏は当地に在住していたが、永正8年(1511)山城国(現京都市)船岡山(ふなおかやま)の戦いに参戦したが軍命違反で、厳しく咎められ当地を去った。
 その後、備前国邑久(おく)郡福岡(岡山県長船村内)に定住し、ここで7代重隆(しげたか)に後継ぎが誕生、職隆(もとたか・8代)と名乗り、播磨国(現兵庫県)の御着城主小寺氏に仕え、姓も小寺と改め、姫路城主となった。
 天文15年(1554)ここで9代孝高(よしたか・通称官兵衛)が生まれ、長じて羽柴秀吉の軍師として活躍し名をはせた。
 また、孝高の嫡男10代長政(ながまさ)は、慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで東軍勝利に貢献し、徳川幕府から筑前国(現福岡県)52万3千石を拝領、これを礎に黒田氏は、それ以降、明治維新まで約260年間続く大名家となった。
JUGEMテーマ:写真

 今回、JR木ノ本駅から徒歩で黒田観音寺→大澤寺を巡って黒田家始祖御廟所へ、所要時間1時間かかりましたが、駅から直接御廟所へは徒歩15分で行けます。
 黒田氏の祖は、近江国伊香郡黒田村の荘園領主で黒田判官と呼ばれていたといいます。 館跡には、黒田判官を祀る御廟や先祖の地を表す碑が建っています。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その26 大澤寺(長浜市)
大沢池
奥に見える 「黒田観音寺」 参拝者の休憩所として整備された「大沢池」。
あじさいの花
バラの花
沿道の花を撮影しながら散策路を進みます。
大澤寺-1
案内表示に従い、近江西国十番、伊香西国二十番札所 「大澤寺;だいたくじ」 へ。
大澤寺-2
左側の石段を上って、龍頭山 大澤寺(曹洞宗)へ
大澤寺-3
お寺と云うより観音堂。 厨子の中には御本尊 「千手十一面観音」 が祀られています。
大澤寺-4
大澤寺-5
大澤寺梵鐘(木之本町指定文化財)
JUGEMテーマ:写真

 黒田観音寺の参拝を終え、のどかな風景を撮影しながら 「大澤寺」 へ。 この 「大澤寺」 は当初の計画では撮影の予定に入れていませんでしたが、地元の方の勧めで参拝したものです。 特に、梵鐘の掲示板を読んでほしいとのことでした。
       :
 「この釣り鐘は、寺伝によると天正11年(1583)賤ケ岳合戦に柴田勝家の家臣佐久間盛政が、敵の羽柴秀吉の軍兵が着陣したことを味方に知らせるために乱打した鐘と伝えられています。」
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その25 黒田観音寺(長浜市)
黒田観音寺-1
JR木ノ本駅より徒歩約25分、淀川水系の一級河川 「余呉川;よごがわ」 に到着。
緑豊かな風景
余呉川に架かる橋上から見る、緑豊かな風景。
黒田観音寺-2
黒田観音寺-3
案内板に従って 「黒田観音寺」 へ
黒田観音寺-4
余呉川から徒歩約5分ほどで 「黒田観音寺」 に到着。
黒田観音寺-5
拝観にあたって、事前に予約。 拝観料は500円。
黒田観音寺-6
世話方により開門された、黒田観音寺・本堂。
黒田観音寺-7
黒田観音寺-8
観音寺 木造伝千手観音立像 一躰 像高199cm 国指定重要文化財。
美しい花・カンゾウ
境内に咲く美しい花・カンゾウ。
美しい公園
黒田観音寺の下にある、参拝者の休憩所として整備された 「大沢池」。
JUGEMテーマ:写真

 JR木ノ本駅から先ず目指したのは、事前に予約していた 「黒田観音寺」 へ。 黒田観音寺は、周りの風景を楽しみながら徒歩で約30分(タクシーで5分)、緑豊かな木之本町黒田にあるお寺です。
 平安時代に行基によって作られたと伝わる千手観音像が祀られています。 像高が199cmの大きさ、左右18の手に幾種類の法器を持つ観音像、優美で気品ある姿に感動です。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その24 JR木ノ本駅(長浜市)
JR長浜駅
JR長浜駅、これより4つ目の駅 「木ノ本駅」 へ向かいます。
湖北水鳥公園
 途中駅 「河毛駅」 のホームに立つ掲示板。 日本の夕陽百選 「湖北水鳥公園」。
 湖北水鳥公園は、当駅よりコミュニティバスで約20分。 220種2万羽近くの水鳥が確認でき、バードウオッチングが楽しめるところです。 また、水鳥公園からの夕陽は 「日本の夕陽百選」 にも選ばれており、鳥たちと夕陽が織り成す幻想的な風景に多くのカメラマンが訪れています。(HP観光情報サイトより)
JR木ノ本駅
長浜駅から約15分で  「JR木ノ本駅」 に到着。 木ノ本駅は長浜市木之本町にあるJR西日本北陸本線の駅。 開業明治15年(1882)。
佐吉くん
賤ケ岳七本槍の里 木之本へようこそ 「佐吉くん」 がお出迎え!
ふれあいステーションおかん
まず、駅にある 「ふれあいステーションおかん」 へ。
土産品
自家栽培野菜・手作りの品・地元観光お土産品などが販売されています。
黒田家ゆかりの地-1
店内では、黒田家発祥の地 ようこそ木之本へ 〜ゆかりの地 五市特産市開催中〜。
黒田家ゆかりの地-2
備前の国(岡山県瀬戸内市)
黒田家ゆかりの地-3
播磨の国(兵庫県姫路市)
黒田家ゆかりの地-4
近江の国(滋賀県長浜市)
黒田家ゆかりの地-5
筑前の国(福岡県福岡市)
黒田家ゆかりの地-6
豊前の国(大分県中津市)
JUGEMテーマ:写真

 今回の 「滋賀・長浜と彦根の旅」 は、 NHK大河ドラマ 「軍師 官兵衛」 に因み、滋賀県長浜市を訪れました。 長浜市木之本町は、「黒田家御廟所」 や 「賤ヶ岳古戦場」 があるところです。
 また、黒田家ゆかりの地大分県中津市は、作日9月28日 大河ドラマ 「軍師 官兵衛 跡を継ぐ者」 の中で 、中津城で長男・長政に家督を譲るシーンが放送されました。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:00 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その23 まち歩き-3(長浜市)
長浜タワー
長浜タワー 昭和39年(1964)に、地元の資産家が 「長浜にも東京タワーのような名物を」 という理由で建設。 ビルは5階建てで、その上部に 「長浜タワー」 の文字が入った鉄塔が立つ。 現在は1階部分に飲食店が入居している。  開業当時は5階部分が有料で展望台になっていたが現在は閉鎖。(フリー百科事典・ウィキペディアより)
浄琳寺
 黒壁スクエア内に建つ、浄土真宗大谷派 「慈雲山 浄琳寺」。
 元浅井郡尊勝寺に在り本願寺蓮如に帰依して、真宗となる。
天正元年(1572年)9月、小谷城落城の後、この地に移される。 寛政10年(1798年)、権律師恵天の時、太鼓部屋を建て(表の建物)寺子屋を開いて子弟に教授する。 その徳を讃え門人が建てた碑が残る本尊は木造阿弥陀如来の立像にして安阿弥の作と伝う。 他に今浜時代の長因寺に伝わっていた阿弥陀如来の立像を安置する。
 尚、当寺院は観光には公開されてはいません。(案内板より)
お花きつね
 ながはま御坊表参道に立つ 「お花きつね」。
 むかしから、長浜御坊(長浜別院大通寺)の大広間の天井に、お花というキツネが住んでいると言われています。 ここには、梯子(はしご)がかけてあり、毎日この梯子を上って油揚げを供える人が、後を絶たないと言うことです。
時計
柱の掲示板
アーケードの柱に取り付けられた時計と掲示板。
札の辻本舗-1
北国街道・札の辻にあるガラスの工芸品や湖北の物産品の専門店 「札の辻本舗」。
江戸時代における情報発信のメディアであった高札。 かって主要道路であった北国街道と美濃谷汲道とが交差する交通の要衝であった 『札の辻』 は高札の掲示場でした。
札の辻本舗-2
札の辻本舗前に立つ掲示板 「金の草履」。
開知学校
旧開知学校の校舎 明治4年に開校された県下初の小学校(滋賀県第一小学校)。 校舎は明治7年(1874)に建設された木造3階建ての擬洋風建築。
JUGEMテーマ:写真
 
 豊臣秀吉が城の城下町として整備した長浜、城廃城後は大通寺の門前町、北国街道や琵琶湖水運の要衝として発展しました。 撮影は長浜市街地から長浜市木ノ本町へ移ります。 黒田観音寺や黒田家廟所を訪ねてきましたので見て下さい。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 20:11 | comments(0) | - |
滋賀・長浜と彦根の旅 その22 まち歩き-2(長浜市)
成田美術館-1
 古い町並みが残る北国街道沿いにある現代建築の 「成田美術館」。
アール・デコスタイルの作家として知られる19世紀末から20世紀初めに活躍したフランス人ガラス工芸作家ルネ・ラリック(1860−1945)の作品を200点以上を所蔵、テーマごとに展示されています。(フリー百科事典・ウィキペディアより)
成田美術館-2
成田美術館の美しい庭園。
馬つなぎ石-1
馬つなぎ石-2
「馬つなぎ石」 北国街道・長浜宿にある船問屋の玄関先にあります。 当時、旅人はこの石に馬をつないで荷積み、荷下ろしをしました。(湖心亭かわら版より)
明治ステーション通り
明治ステーション通り、長浜鉄道スクエアから市立図書館までの通り。
長浜浪漫ビール-1
長浜浪漫ビール-2
長浜浪漫ビール、江戸時代の米蔵を改造した地ビールレストラン。 タンク直注ぎで新鮮な地ビールと郷土食材を使った料理が美味!
舟板塀
絶好の撮影ポイント、舟板塀。 船の側板などを外壁として使用された家屋。
下舟町
 下舟町(しもふなまち;現 朝日町)
 天正年間〜明治12年までの町名。 豊臣秀吉公の城下町造営により成立。 船持ちや船乗りが多く住んでいたことに由来する。 江戸期は瀬田村領年貢地。 元禄8年の家数34、人口190。 明治12年大安寺町と合併し南船町となる。
美しい花
家の玄関先に咲く美しい花に心が和みます。
月宮殿-1
月宮殿-2
 歴史的風致形成建造物・景観重要建造物 「月宮殿山蔵」
 長浜曳山祭り 長浜曳山祭りは、秀吉公が男子の出生を祝って町民に贈った金子をもとに、長浜八幡宮の祭礼に曳山を造ったのが始まりです。
 祭りの華は子供歌舞伎。 曳山の舞台で小さな男子が、浄瑠璃と三味線に合わせて見事な芸を披露します。
 当蔵に入っているのは月宮殿という曳山。 亭は雲上の楼閣と称され、12基の曳山のうち最も美しく、町衆の美意識の高さを感じさせます。
子供歌舞伎の像-1
子供歌舞伎の像-2
明治ステーション通りにある 「子供歌舞伎の像」。
昔のガス灯
明治のガス燈。 当時、最も斬新なデザインで、今見てもクラシカルな雰囲気が素敵な明治時代初めのガス燈がそのまま残っています。(湖心亭かわら版より)
JUGEMテーマ:写真

 ヤンマーミュージアム見学の帰り、北国街道沿いにある 「成田美術館」 で美しいガラス工芸を観賞、初めてみるルネ・ラリックの気品ある優雅な作品に感動しました。
 北国街道と交差する明治ステーション通りは、舟板塀、昔のガス灯などレトロな文化を感じさせる情緒あふれる通りです。
| 滋賀・長浜と彦根の旅(長浜) | 19:10 | comments(0) | - |
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