質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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PROFILE
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その40(完) 鳥羽水族館(3)
鳥羽水族館-1
大勢の見物客が見つめる 「セイウチショ―」。
鳥羽水族館-2
笑いを誘う、巨大なセイウチの演技。
鳥羽水族館-3
メインストリート(自由通路)、12のゾーンへ自由に行けます。
鳥羽水族館-4
アシカとアザラシの違い。
鳥羽水族館-5
これが 「アシカ」。
鳥羽水族館-6
こちらが 「ゴマフアザラシ」。
鳥羽水族館-7
鳥羽水族館-8
水槽で泳ぐ可愛い魚たち。
鳥羽水族館-9
奇妙な生きもの 「タツノオトシゴ」。
鳥羽水族館-10
鮮やかな色を見せてくれるイソギンチャク。
鳥羽水族館-11
可愛いペンギン。
鳥羽水族館-12
鳥羽水族館出入口。
パールタウン
再び 「パールタウン」 を通って近鉄・鳥羽駅に向かいます。
御木本幸吉翁
 近鉄・鳥羽駅前広場に建つ 「御木本幸吉翁」。 
 1893年(明治26年) 7月11日 世界で初めて養殖真珠の発明に成功した御木本幸吉翁の燦然と輝く業績をたたえるため記念すべき100周年にあたりこの像を建立して後世にその徳を顕彰する。
              1993年7月11日
     御木本幸吉翁記念像建立委員会 鳥羽市長 水谷皓一
近鉄鳥羽駅
近鉄 鳥羽駅。 これより近鉄特急に乗って静岡へ帰ります。
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 鳥羽水族館は自由通路で行ける12のゾーン、中でもプログラム 「セイウチショ―」 は大人も子供も楽しめるショーです。 あの巨大なセイウチが飼育員の合図に従って演技する仕草は笑いを誘います。 (完)

 今回をもって 「家族で行く志摩・鳥羽の旅」 の写真展示は終了です。
 尚、今年(2012)のブログ更新も今回で終了。 来年(2013)は1月4日(金)より、「三重・伊勢撮影の旅」 と題して写真展示しますので見てください。
 
       それでは 読者の皆様、良いお年をお迎えください。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 21:19 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その39 鳥羽水族館(2)
鳥羽水族館-1
入口を入ると、大きな水槽が目に入ります。 Eコーナー 伊勢志摩の海・日本の海。
鳥羽水族館-2
鳥羽水族館-3
鳥羽水族館-4
日本を代表する海、暖かい黒潮の流れる熊野灘と日本最大の内湾 伊勢湾の生きものたちを中心に、日本の海を紹介しています。
鳥羽水族館-5
優雅に泳ぐ微笑ましい 「スナメリ」 の親子。
鳥羽水族館-6
スナメリ、小型歯鯨類の仲間で、伊勢湾や瀬戸内海に多く生息し、成長しても1.8mほどにしかなりません。鳥羽水族館では1976年に世界で初めて飼育下で赤ちゃんが誕生し、話題になりました。
鳥羽水族館-7
鳥羽水族館-8
ザリガニコーナー。 初めて見る青いザリガニ 「マロンロブスター(ブルーマロン)」。 全長20〜25cm程の大型ザリガニが円柱水槽に展示されています。
鳥羽水族館-9
Fコーナー ジャングルワールド。 南米アマゾン川に生息する 「ピラニア」、「アマゾンの人食い魚」 として恐れられています。 しかし意外に性質は憶病です。
鳥羽水族館-10
アマゾン川に生息する巨大魚 ピラルク。
鳥羽水族館-11
『草原の主』という意味の 「カピバラ」。 南米アマゾン川流域に生息。 体長105cm〜135cm、体重35〜65kgにまで成長します。
鳥羽水族館-12
南米北部の沿岸域に生息する 「ショウジョウトキ」。 漢字で書くと「猩々朱鷺」。 体長;60〜70cm。 幼鳥時は黒、2年ほどで鮮朱赤色となります。
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 家族で行く志摩・鳥羽の旅、最後の見学は 「鳥羽水族館」です。 当水族館は海の広さ、豊かさ、不思議さを知ることのできる施設です。 館内は生きものの種類や生きものたちが棲息する環境に合わせ、12のゾーン(A〜L)に分かられ興味のあるテーマを存分に見れる構成になっています。 全長約240m、通路全長約1.5Km、室内型の水族館では世界的にも最大級の水族館です。(鳥羽水族館公式HPより)
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:00 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その38 鳥羽水族館(1)
鳥羽水族館-1
ミキモト真珠島から見える 「鳥羽水族館」。
シェルモザイクアート
 シェルモザイクアート 「みんなの真珠島」
 この作品は、2005年7月16日〜8月28日にご来島いただいたお客様にご参加をお願いし、およそ3000人の方々のご協力を得て完成したものです。 真珠の母貝であるアコヤガイの貝殻片を、その光沢を活かし、あるいは、さまざまな色に着色してご用意し、ご参加いただいた方々に思い思いに下絵の上に貼り付けていただきました。・・・・(説明文より)
市の木
市の鳥
通路で見かけた鳥羽市の市の木、市の鳥。 市民の公募により昭和44年11月1日に制定されました。 ちなみに、市の花は 「ハマナデシコ」 です。
アザラシ君
可愛いアザラシ君。
パールタウン-1パールタウン-2
パールタウン-3
水族館へ向かう道路沿いには 「パールタウン」 があります。
観光案内板
観光施設案内板。 ミキモト真珠島から、徒歩数分で 「鳥羽水族館」 へ行けます。
鳥羽水族館-2
鳥羽水族館入口。
鳥羽水族館-3
花を持った可愛いアザラシ君が迎えてくれます。
パールブリッジ
ミキモト真珠島(右)へ鳥羽湾に架かる 「パールブリッジ」。(鳥羽水族館より撮影)
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 ミキモト真珠島の見学を終え、パールブリッジを渡り数分で鳥羽水族館へ。 この付近一帯はパールを扱う土産店が軒を並べる 「パールタウン」 。 手ごろな価格の真珠から特別な日に身につけたい高級真珠まで多彩なパールアクセサリーが選べます。 女性に人気のスポットです。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:00 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その37 ミキモト真珠島(15/完) 記念館(2)
御木本幸吉記念館-1
御木本幸吉記念館-2
 御木本 うめ 元治元年(1864)―明治29年(1896) (御木本幸吉 妻)
 うめは5児の母親としてよく子供達を育てたばかりでなく、夫・幸吉の真珠の発明を助けた。 そうして、最初の養殖真珠(半円)はうめが開いた真珠貝の中から見出されたのである。 彼女の愛情と努力は夫をして 「真珠王」 の名をなさしめたが、不幸にして養殖真珠発明直後、32才の若さで不帰の人となった。
 うめを忘れえぬ幸吉は再び娶(めと)らず、96才の天寿を全うした。
          ―作者=舟越保武(「国際婦人年」を記念し制作・除幕)―
御木本幸吉記念館-3
御木本幸吉記念館に展示されている真珠のネックレス 『大将連』。
御木本幸吉記念館-4
御木本幸吉記念館-5
『大将連』 をみつめる御木本幸吉翁。
御木本幸吉記念館-6
御木本幸吉記念館-7
[特別出品] 馬の置物。
御木本幸吉記念館-8
御木本幸吉記念館-9
 鳥羽名誉市民章(昭和42年10月)受章。
御木本幸吉記念館-10
御木本幸吉記念館-11
 勲一等瑞宝章(昭和29年9月26日)受章。
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 御木本幸吉記念館は、真珠に情熱を傾け、郷土を愛した幸吉の生涯を伝えます。 
 最後に、真珠王・御木本幸吉からのメッセージを紹介します。

  「いかなる場合にも、笑いを忘れるな。」
 御木本幸吉が地元の商船学校の卒業式に招かれ、旅立つ若者に贈ったはなむけの言葉です。 幸吉自身、養殖真珠の発明に成功するまでには、他人には想像すらできないたいへんな苦労をしました。 誰しも悩みや苦しみを抱えながら人生を歩んでいます。 笑ってなんかいられないと思うこともたくさんあります。 しかし、そんなときこそ胸を張って、前を見て、そして笑って生きていくことが大切だと幸吉は伝えています。
(ミキモト真珠島開島60周年記念特別イベント資料より引用)
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:00 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その36 ミキモト真珠島(14) 記念館(1)
御木本幸吉記念館-1
ミキモト真珠島にある 「御木本幸吉記念館」。
御木本幸吉記念館-2
入口を入ると、うどん屋が復元されています。
御木本幸吉記念館-3
 『阿波幸;あわこう』 復元   − 慶応3年(1867)頃の 『阿波幸』 ー
御木本幸吉(幼名 吉松) 9歳。 石臼を土間に据えうどん屋と製粉業を営んでいた。
御木本幸吉記念館-4
暖簾をくぐって中に入ります。
御木本幸吉記念館-5
 うどん屋の長男 吉松(きちまつ)誕生
 御木本幸吉は 安政5年(1858)1月25日 鳥羽で代々続くうどん屋 『阿波幸』 の長男として生まれる。 祖父吉蔵父音吉の名をもらい 幼名は吉松。やがて8男3女(男2人は幼少のとき死亡)の大家族となる。 この年の6月には日米修好通商条約が結ばれ 日本は開国という大きな変化を迎えようとしていた。
 母 もと・・・・・・安政4年(1857)2月 18歳で音吉に嫁ぐ。9人の子供を育て面倒みがよくまわりの人々から慕われた。 大正6年82歳で没。
御木本幸吉記念館-6
御木本幸吉記念館-7
当時の生活様式を見ることができます。
御木本幸吉記念館-8
 「阿波幸うどん」
 御木本幸吉の生家 「阿波幸」では、どんなうどんを出していたのでしょうか?
 今に残る丼のかたち(大きさや深さ)から、麺につゆを少しかけた 「伊勢うどん」 だったと想像されます。 太くて軟らかい麺に、煮干などから取った 「だし」 と 「たまり」 を合わせたつゆをかけて食べる伊勢うどんは、もともと伊勢を中心とする地方の食べ物でした。 たまりは、赤味噌作りと同じ工程から出来る調味料で、伊勢湾一帯で用いられています。 対岸の知多半島でも同様のたまりを使ったうどんがあるそうです。
 太い麺を時間をかけて軟らかく茹で、玉にして一旦取り置き、注文が入ると熱湯で温めてつゆをかけ、葱の小口切りを薬味に散らして供します。 丼は小さく、これならひとりで何杯もたべられますね。
御木本幸吉記念館-9
 青年時代  『幸吉をとりまく世界』
 20才で家督をつぎ 幸吉(こうきち)と改める。
 明治11年(1878) 吉松は20才で家督をつぎ御木本幸吉と改める。 岩佐孝四郎に福沢諭吉の 『西洋事情』 を教えられた幸吉は 鳥羽以外の広い世界を見てみたい ぜひ東京に行きたいと思った。
 その前年 1月25日 明治天皇の御召艦が 大和(奈良県)へ行幸途中暴風雨にあい鳥羽に入港された。 天皇は行在所(あんざいしょ)の常安寺まで徒歩でむかわれる。 沿道にいた幸吉は 後年(明治38年)陛下より拝謁を賜ることになるとは 夢にも思わなかったことだろう(説明パネルより)
御木本幸吉記念館-10
 東京・横浜視察旅行
 横浜で・・・・真珠や海産物に着目!
 幸吉は父の許しをえて 明治11年(1878)3月 片道11日間歩いて東京へ・・・見るのも 聞くのも すべてが驚きだった。 とくに横浜で中国商人がイリコ・干しアワビなどを売買しているのに目をつけ 自分も海産物を商売にしようと決心。
 なかでも 志摩真珠が高い値段で取り引きされているのをみたことは 幸吉の生涯を決定する大きな収穫となった。

 当時の真珠事情
 志摩真珠は、江戸時代から有名な志摩の特産品。 大粒の真珠はまれでケシと呼ばれる小粒が主だった。 中国では 真珠の粉末が薬用として使われケシ真珠も高価に売買された。 また乱獲のため資源が減少しはじめていた。
御木本幸吉記念館-11
 人命救助で新聞の威力を知る
 鳥羽への帰り道 箱根山中で旅の道づれになった静岡の茶商がとつぜん気を失い倒れた。 幸吉が持っていた薬 「寶丹;ほうたん」 を飲ませると意識が快復。 これが人命救助の美談として 静岡をはじめ東京や伊勢の新聞に掲載される。
 鳥羽に帰るとみんなの話題になっていた。 幸吉は新聞の威力を知り 話題作りはその後の商売に生かされる。
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 ミキモト真珠島、最後の見学は 「御木本幸吉記念館」 です。 鳥羽のうどん屋 「阿波幸」 の長男として生まれ、96歳で没するまでの幸吉の波乱に富んだ生涯と業績が、数多くの写真や実物、説明パネルによって、時代順に物語られています。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 20:06 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その35 ミキモト真珠島(13) 和風庭園
和風庭園-1
これより、和風庭園、御木本幸吉記念館へ
和風庭園-2
鳥羽湾沿いの散策路を進みます。
和風庭園-3
和風庭園-4
きれいに手入れされた庭園です。
和風庭園-5
散策路に立つ万葉歌人・柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の歌。

  み熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)百恵(ももへ)なす
              心は思へど直(ただ)にあはぬかも  柿本人麻呂 万葉集巻四

 【通釈】 熊野の浦の浜辺の浜木綿の葉が幾重にも重なっているように、心の中ではあなたのことを幾度も幾度も思っているけれど、じかに逢うことができないよ。
和風庭園-6
 庭園に咲く浜木綿。 ヒガンバナ科の多年草、別名・ハマオモト。
 【花ことば】 「どこか遠くへ」「あなたを信じます」「汚れがない」。
和風庭園-7
心が癒される庭園です。
和風庭園-8
松や白砂がきれいな庭園。
和風庭園-9
左側の建物は 「御木本幸吉記念館」。
和風庭園-10
和風庭園-11
和風庭園を散策すると、最後は「御木本幸吉記念館」 の表札がかかる門にでます。
JUGEMテーマ:写真
 
 三重県鳥羽市の鳥羽湾に浮かぶ小島・ミキモト真珠島には、島を一周する散策路があります。 メーン通路の御木本幸吉像・真珠博物館・海女スタンドやパールプラザを見学後、最後に和風庭園や御木本幸吉記念館を見学。 見所いっぱいの小島です。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:15 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その34 ミキモト真珠島(12) 珠の宮
島内風景-1
パールプラザ 2F レストランから見る御木本幸吉像
島内風景-2
島内風景-3
手入れの行き届いた庭園の風景。
鳥羽丸
 パールプラザに展示されている 「鳥羽丸」。
 今から百数十年前、徳川幕府の末期頃鳥羽の城主稲垣和泉守隆興が時の将軍家から賜わったものと云われます。作者は不詳ですが優れた技術に当時の華かな文化をよく写してあります。(掲示板より)
真珠島遺跡
 真珠島遺跡 1988年2月 須恵器出土 写真は坏(身/蓋)TK23型
 須恵器(すえき)は、古墳時代から平安時代にかけて多く製作、使用された陶質土器である。 その製作技術は大陸の工人(こうじん;中国で、労働者のこと)より朝鮮半島を経て伝来した。 ここでの出土品は大阪陶邑(すえむら)の系統のものと判断され、年代は五世紀中頃から六世紀中頃と考えられる。 坏身(つきみ)・蓋(ふた)各5個、高坏(たかつき)1個などがみつかっており、出土した位置、方位から小規模の古墳があったのではないかと推測されている。(説明文より)
相島弁天社跡地
相島(おじま)弁天社跡地
珠の宮-1
珠の宮(たまのみや) 相島弁天社。
珠の宮-2
珠の宮-3
珠の宮 相島弁天社 掲示板。
願いの井戸
 願いの井戸
 珠の宮境内にあるこの井戸跡は珠の宮同様縁結び、長寿、幸運にご利益があるとされ、願いの井戸と伝承されている。 美しい真珠を育むあこや貝に、願いも育んでもらえばと、この井戸跡には願い事が書かれた多くの貝殻が沈められている。 真珠が幾年月を経て生まれるように、願い事が叶うにも月日が必要と言われている。
御木本幸吉記念碑
御木本幸吉記念碑。
島内風景-4
手入れされた庭園を見ながらこれより 「御木本幸吉記念館」 へ向かいます。
JUGEMテーマ:写真

 ミキモト真珠島(しんじゅしま)年間の観光客数は25〜26万人、その内10%が外国からの来客。 島内の案内は日本語と英語を併記し、パンフレットは日本語を初め10ヵ国語が用意されています。(フリー百科事典・ウィキペディアより)
  1893年 当時、相島と呼ばれていたこの島で御木本幸吉が真珠養殖に成功しました。 きれいに手入れされた島内に、相島弁天社の名があるのもうなずけます。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:00 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その33 ミキモト真珠島(11) 海女の実演
海女スタンド
ミキモト真珠島 海女スタンドで 「海女の作業」 を見学します。
海女の作業-1
小舟 「いそぶえ」 号に乗って3人の海女さん登場!
海女の作業-2
作業する海女さんの紹介。 若くて美しい海女さんに出会えます。
海女の作業-3
海女の作業-4
舟より海へ入ります。
海女の作業-5
これより潜水開始!
海女の作業-6海女の作業-7海女の作業-8
一気に海の中へ!
海女の作業-9
見事、アコヤガイを取って浮上。
海女の作業-10
「海女の作業」 を鳥羽湾めぐりの遊覧船 「龍宮城」 から見学です。
海女の作業-11
作業を終えた海女さんが、スタンドに向かって手をふって帰ります。
JUGEMテーマ:写真

 ミキモト真珠島では開島以来60年以上にわたり、昔ながらの白い磯着をもとった海女が潜水作業の実演を行っています。 1951年開業のアトラクションとして御木本幸吉翁が真珠養殖見学に訪れる外国の来賓客を楽しませるためにスタートしたものです。 鳥羽湾に面した 「海女スタンド」 の目の前で海女が海底のアコヤガイや海藻などを取る作業を見学することができます。 海女の実演が見られるのは、現在ではミキモト真珠島だけです。 筆者お勧めのアトラクションです。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:16 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その32 ミキモト真珠島(10) パールプラザ
パールプラザ
ミキモト真珠島・パールプラザ。 1F;パールショップ、2F;レストラン
真珠のネックレス-1
真珠のネックレス-2
気品のある高価な真珠のネックレス。
シロチョウガイ真珠-1
今までで、筆者が目にした最も高価で美しい真珠です。
シロチョウガイ真珠-2
シロチョウガイ真珠  「ゴールデン珠」 長径19.22mm。
シロチョウガイ真珠-3
シロチョウガイ真珠 長径32.70mm これも高価な真珠です。
海女の火場-1
海女の火場-2
 海女の火場・カマド
 カマドは浜辺に設けた海女の休憩所です。 潜水作業の合間に、中でたき火をして冷えた体を温め、おしゃべりをして楽しいひとときを過ごすところです。 現在ではブロックやトタン板などの頑丈な素材を使って小屋を作り、その中でたき火をしています。 木の骨組みを円形に囲い、笹や藁などで覆ったカマドはもう見られなくなりました。ここでは昭和50年代末まで鳥羽市相差町で実際に使われていたカマドを再現しました。
                                   どうぞ、中へお入りください。
貝工芸-1
 淀川三十石船(よどがわさんじゅっこくぶね) 貝工芸家 水田博幸氏・作
 江戸時代に京都伏見と大阪・八軒家間を運航していた 「三十石船」 と淀川を往来する船の乗客などに酒や餅などを売る 「くらわんか舟」 を描いたもの。 厳選されたシロチョウガイ・クロチョウガイ・アワビなどが使用され、人々の表情や動きが活き活きと表現されている。(掲示板より)
貝工芸-2
 水田博幸氏 プロフィール
 祖父・水田彌吉(やきち)氏から三代続く貝工芸家。 号は晃玄(こうげん)。 1937(昭和12)年、大阪府牧方市に五人兄弟の長男として生れ、家業を継ぐ。 その繊細な手先と磨き抜かれた美意識から生み出される作品は、多くの人々を魅了してやまない。 これまで手がけた作品は、国内のみならずオーストラリア、ドイツ、タイなど海外でも高い評価を得ている。 数少ない、日本を代表する貝工芸家のひとりである。 代表作として 「夢殿」 (真珠博物館)などがある。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 水田家と御木本幸吉
 水田家と御木本幸吉との出会いは80年以上前に遡る。 御木本幸吉は1922(大正11)年に開催された内国勧業博覧会に、法隆寺五重塔をデザインした 「御木本五重塔」 を出品することを決意した。 当時、御木本真珠店大阪支店長であった鈴木弥助が奔走し、名工として名高い貝細工師・水田彌吉(号・榮斎)氏にその製作を依頼したのが最初である。 この博覧会で好評を博した 「御木本五重塔」 は、その後修正が加えられ、1926(大正15)年フィラデルフィア万国博に出品。 海外においても日本の伝統工芸技術の高さとミキモトパールの名を知らしめた。 その後、幸吉は1930(昭和5)年に開催されたシカゴ万国博に向けて「ワシントンの生家」の製作も依頼した。 その精巧かつ壮麗な作品は、万博開催期間中訪れた多くの人々の目を奪い、現在はスミソニアン博物館所蔵となっている。
真珠定食
パールプラザ 2Fレストラン 「阿波幸」 で昼食に食べた 「真珠定食」。 アコヤガイが食器に使われています。
JUGEMテーマ:写真

 真珠博物館で豪華な真珠工芸品を鑑賞したあとは、隣のパールプラザを見学。 ここでは真珠の装飾品やみやげ物などが販売されています。 数千万、数百万もの高価な真珠やネックレス、目の保養をしてきました。 お昼には、2Fのレストランで鳥羽湾を眺めながらおいしい食事ができます。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 19:53 | comments(0) | - |
家族で行く志摩・鳥羽の旅 その31 ミキモト真珠島(9) 真珠博物館(7)
夢殿-1
ミキモト真珠島 開島60周年記念 美術工芸品レヴュー 「夢 殿」。
夢殿-2
 養殖真珠誕生100周年の1993年、世界に飛躍する幸吉の夢を継承し、真珠養殖のさらなる発展を願ってミキモト美術工芸品 『夢 殿』 は制作されました。
 天平建築を代表する美しい八角仏殿・法隆寺夢殿をもとに、日本の伝統技法である貝や漆の加飾技法と金工、そしてよりすぐった真珠を各所に散りばめた拡張高い華麗な作品です。
 そして、黒漆塗りの欄干に立ち並ぶのは干支十二神像。僧侶の姿をした十二支の動物が胸に1月から12月までの誕生石を抱え、子(1月)、丑(2月)、寅(3月)の順に時計回りで配置してあります。ご自身の守り神と誕生石を探してみてください。
 『胸殿』仕様・・・・・・
 誕 生 石・・・・・・・
       なお、実物の国宝・法隆寺夢殿をこちらに写真展示しています。
夢殿-3
華麗に輝く、頂上の露盤宝珠(ろばんほうじゅ)。
夢殿-4
 貝工芸品の技 【屋根瓦】
 黒真珠の母貝として知られる黒蝶貝を用いて作られています。 厳選された貝殻を数ミリ角に細かく切り分けて、ひとつひとつを丹念に研磨。 貝のもつ天然の美しい光沢を最大限に引き出しています。 使用されている貝のパーツはおよそ3,600ピース。 気の遠くなるような作業です。(掲示版より)
夢殿-5
黒漆塗りの欄干に立ち並ぶ干支十二神像。
夢殿-6
 貝工芸の技 【基壇】
 一般に南洋真珠と呼ばれる大粒の真珠を生み出す白蝶貝を素材に、貝殻の表、裏、側面と異なる面を研磨し、使用することで微妙な光の変化を楽しめるように工夫されています。 玉砂利に見立てた6,260個の真珠の下にも、匠の技により美しく磨き上げられた白蝶貝のパーツが、モザイクのように敷き詰められています。(掲示版より)
帯留・桜-1
帯留・桜-2
真珠工芸品 帯留 「桜」。
帯留・矢車-1
 帯留 「矢 車」 昭和12年(1937) パリ万国博覧会出品、附属の台座と組み合わせることにより、12通りの使い分けができる。(説明文より)
帯留・矢車-2
これぞ まさしく究極の帯留。 「矢車」 から、清楚で威厳を感じます。
JUGEMテーマ:写真
 
 ミキモト真珠島 真珠博物館に展示されている数々の真珠工芸品、日本人のもつ伝統技法とよりすぐった真珠をふんだんに使った拡張高い華麗な作品群。 気の遠くなるような匠の作業で造り上げた工芸品です。
  一度は見ておきたい日本を代表する真珠芸術品です。
| 志摩・鳥羽の旅(鳥羽編) | 20:09 | comments(0) | - |
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