質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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PROFILE
東京名所めぐり 柴又界隈 その19(完) 山本亭
山本亭-1
堂々とした門構えの 「山本亭・長屋門」 です。
山本亭-2
外観・内部とも意匠を洋風化している点が特徴です。
山本亭-3
長屋門(ながやもん) 瓦葺きの木造平屋(1階建て) で伝統的な長屋門(武家屋敷でみられる門) の形式を受け継ぎながらも、外観・内部ともデザインを洋風化している。 通路の両側にある袖部屋(そでべや) は、広さが3畳ほどで、当時は門番が常駐し、客人のお付きの人、人力車の車夫(人力車を引く人) などが控えていたとされている。 ステンドグラスの上げ下げ式窓などが一層洋風の雰囲気を醸し出している。
山本亭-4
長屋門を入ると、整備された庭園が目に入ります。
山本亭-5
竹垣がきれいな庭園です。
山本亭-6
敷地内にある防空壕跡です。
山本亭-7
部屋には、葛飾区在住の日展理事 福田千恵 作 「花菖蒲」 が描かれています。
山本亭-8
旧玄関には資産家を思わせる 「人力車」 が備えてあります。
山本亭-9
鳳凰の間 邸内で唯一の洋間であり、昭和初期独特のデザインです。 白漆喰仕上げの高い天井や、寄木を用いたモザイク模様の床のほか、大理石のマントルビース、ステンドグラスが見所です。玄関脇に洋風の空間を設けることは、斬新なスタイルです。
山本亭-10
典型的な書院庭園を、縁側より堪能してきました。
山本亭-11
庭園の面積は約890屬如▲泪帖▲張張犬覆斌400本の樹木が植えられています。
山本亭-12
 山本亭の庭園について
 山本亭のように、昭和初期の資産家の庭園が当時のまま残されているのはまれであり、都内では旧安田邸(墨田区)、徳富邸(世田谷区)があります。
 当庭園は、縁先や近くに池泉を、背後には緑濃い植え込みと築山を設け滝を落とすという典型的な書院庭園であり、庭園面積は890屬任后
 滝は池の最も遠い部分の入江奥に設けられ、庭園の奥行きの深さと心地好い滝の音を作り出し、また限られた池水面をより広く見せるための手法として池の諸方向に入江を設け、池岸を多様に変化せしめています。
山本亭-13
 区登録有形文化財 山本亭(やまもとてい) 附 庭園
 大正末期から昭和初期に建築された和洋折衷の建物と庭園とが調和したもので、同時代に建築された建物等が消失していくなかで葛飾区のみならず都内においても、日本の建築史を知るうえで貴重な文化遺産です。
 建物は、木造2階建て及び土蔵・地下防空壕・長屋門からなり、伝統的な書院造を骨子として洋風建築の要素を取り込み、随所に近代和風建築の特徴を有しています。 また、庭園は、縁先の近くに池泉を背後には緑濃い植え込みと築山(つきやま) を設け、滝を配すなど書院造の庭園を基本としたもので、昭和初期における庭園を現在まで残しています。 葛飾区教育委員会
山本亭-14
 山本亭の沿革 この建物は、地元ゆかりの合資会社 山本工場(カメラ部品製造) の創設者 故山本栄之助翁の住宅として建てられ、山本家四代に亘る居宅となっていたものを昭和63年に葛飾区が取得したものです。
 山本家はもと浅草の小島町(現・台東区)にありましたが大正12年の関東大震災で被害を受け、その直後柴又のこの地に移転してきたものです。
 建物は、木造瓦葺き二階建で床面積は1階400屐2階50屬肪浪室次土蔵、長屋門等からなり、大正15年から昭和5年の間、数次に亘る増改築を重ね現在の姿となっています。 その様式は都内でもめずらしい伝統的な書院造から洋風建築までの広がりをもっています。
 また庭園は、縁先近くに池泉を背後には緑濃い植え込みと築山を設け、滝を落とすという典型的な書院庭園の様相を見せています。(面積890屐
 山本亭は大正末期から昭和初期の時代精神が反映された和洋折衷の建物と純和風の庭園とが見事な調和を保っており、その文化財的価値は高く評価されています。
山本亭-15
最後にこの門から出て見学を終わります。
JUGEMテーマ:写真

 今回の東京名所めぐり 柴又界隈は、この 「山本亭」 の見学で最後です。 伝統的な書院造と洋風建築を複合した和洋折衷の建物と、純和風の庭園とが見事な調和を保っており、その文化財的価値は、国内はもとより海外においても高く評価されています。 今回の訪問時、庭園をバックに和服のモデルさんによる撮影が行われていました。 和服と庭園がマッチしてきれいでした。

 19回に亘り写真展示しました 「東京名所めぐり 柴又界隈」 は今回をもって終了です。 見所いっぱいの葛飾区柴又、素晴らしいところです。 一度じっくり時間をかけて鑑賞されることをお勧めします。(完)
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:52 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その18 矢切の渡し
矢切の渡し-1
一度来て見たかった 「矢切の渡し」、時代劇のワンシーンを思い出します。
矢切の渡し-2
余りにも素朴な作りに、これが歌で有名な 「矢切の渡し」 という思いです。
矢切の渡し-3
矢切の渡しは、土・日・祝日のみの運行となります。
矢切の渡し-4
「江戸川」 を渡った向こう岸は、千葉県松戸市下矢切になります。
矢切の渡し-5
歴史と文化の散歩道の案内板です。 地図の左下が現在地 「矢切の渡し」
矢切の渡し-6
 歴史と文化の散歩道 矢切の渡しと山本亭
 元和2年(1616)、幕府は利根川水系河川の街道筋の重要地点15ヵ所を定船場として指定、それ以外の地点での渡河を禁止しました。 その一つが矢切の渡しで、この付近を通る国分道に架かる渡しで、主に近郷の農民が対岸の農耕地へ渡るために利用していました。 現在、都内に残る唯一の渡し場で、今も昔ながらの手漕ぎの和船が対岸の松戸市下矢切との間を往復しています。 伊藤左千夫の名作 「野菊の墓」 の舞台となり、ヒット曲 「矢切の渡し」 を生んだ地としても有名です。
 柴又公園内にある山本亭は、書院づくりの庭園と和洋折衷の建物が見事な調和を見せる大正末期の特色を残す邸宅です。 
矢切の渡し-7
渡し場の近くに 「矢切の渡し」 の歌碑が設置されています。

               石本美由起 作詩
               船村 徹   作曲
               細川たかし  歌唱

       つれて逃げてよ・・・・
       ついておいでよ・・・・
       夕ぐれの雨が降る 矢切の渡し
       親のこころに そむいてまでも
       恋に生きたい 二人です

       見すてないでね・・・・
       捨てはしないよ・・・・
       北風が泣いて吹く 矢切の渡し
       噂かなしい 柴又すてて
       舟にまかせる さだめです

       どこへ行くのよ・・・・
       知らぬ土地だよ・・・・
       揺れながら艪が咽ぶ 矢切の渡し
       息を殺して 身を寄せながら
       明日へ漕ぎだす 別れです

JUGEMテーマ:写真

 「寅さん記念館」 の近く、江戸川の川べりに 「矢切の渡し」 はあります。 一度来て見たかった場所です。 江戸時代、幕府はここに箱根と同等の厳しい関所を設置して通行人を取り締まりましたが、付近の農民だけは渡船が許されていました。 今は都内唯一の渡し場としてその名を留めています。 
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:01 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その17 寅さん記念館(2)
寅さん記念館-1
寅さん記念館-2
「わたくし生れも育ちも葛飾柴又です」 コーナー 下町風情あふれる昭和30年代の帝釈天参道の町並みを遠近法を用いて、精巧な模型で再現されています。
寅さん記念館-3
寅さん記念館-4
寅次郎少年を育んだのはこんな街だったのでしょうか、懐かしい町並みです。
寅さん記念館-5
記念写真コーナー、寅さんと一緒に記念写真が撮れます。
寅さん記念館-6
寅さんメモリアルコーナー、映像も見れます。
寅さん記念館-7
寅さんのファッションなども紹介されています。
寅さん記念館-8
 寅さん埴輪  「寅さん埴輪」 について思う
 正倉院に保存された戸籍帳によると、今から約1,300年前の奈良時代、この柴又の地に 「トラ(孔王部刀良;あなほべのとら)」 という男と 「サクラ(孔王部佐久良売;あなぼべのさくらめ)」 という女がいたそうです。 なんたる偶然かと、ぼくは苦笑したものですが、今回寅さんと同じ帽子をかぶった珍しい埴輪が発掘され、顔つきがどことなく似ている上にその日は渥美清さんの命日だと知ったときは驚きました。
 ぼくは霊魂などは信じない人間ですが、ここまで偶然が重なるとなにか不思議な気分にとらわれるのです。 はるか昔、万葉の頃に生きていたトラさんという強烈な個性の持ち主が、ぼくに命じて寅さんを主人公にした映画を作らせたのかもしれませんね、もしかして!  山田洋次
寅さん記念館-9
寅さん記念館-10
 柴又八幡神社古墳
 柴又八幡神社古墳は、古墳時代後期の6世紀後半、今から約1,400年以上前に築かれたものです。 石室の石材は遠く房総半島の鋸山周辺の海岸部から持ちこまれたものであり、出土している埴輪は、いわゆる下総型とよばれるものです。 石材から房総半島との交流の様子、埴輪からは下総という地域性がしめされています。
 葛飾区郷土の天文の博物館では、東京低地の古代をさぐるべく地元の協力をえて、柴又八幡神社古墳の学術調査を博物館考古学ボランティア 「葛飾考古学クラブ」 とともに平成10年から行ってきました。
 写真は、帽子をかぶった埴輪の頭部破片で、このような埴輪は、東京湾岸部ではきわめて珍しく、学術的にも重要な資料です。 この埴輪は、平成13年度の第5次調査の際に出土したもので、出土した日は、奇しくも渥美清さんの命日の8月4日でした。  葛飾区郷土と天文の博物館
寅さん記念館-11
記念館を出ると 「男はつらいよ 寅さんグッズ売店」 があります。
寅さん記念館-12
柴又下町や 寅さんグッズを販売しています。
寅さん記念館-13
「光庭」 建物の中心にある吹き抜けの庭、休憩所になっています。
寅さん記念館-14
大きなパネルに、映画 「男はつらいよ」 こころの旅の記録が展示されています。
寅さん記念館-15
床には、全国のロケ地を焼き付けタイルで地図化した 「こころのふるさとマップ」 が設置されています。 ちなみに、手前の 「24」 は第24作 「男はつらいよ 寅次郎春の夢」 で、ロケ地は和歌山県。 ミカンと那智の滝がデザインされています。
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 「寅さん埴輪」 で偶然という言葉が出てきましたが、実はこの記事を書く今日、8月4日は渥美清さんの命日なのです。 撮影した日は今年の2月19日でしたが、本日記事を書くため 「寅さん埴輪」 の説明文を読んだのは今日が初めてです。 そこで渥美清さんの命日が8月4日であることを知りました。 渥美清さんは1996(平成8)年8月4日、享年68歳で永眠されました。 命日にこの記事が書けたことは全くの偶然です。 こんな偶然があるのですね 驚きました。

 「寅さん記念館」 は寅さんファンにとっては必見の記念館です。 お出かけ下さい。
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 20:11 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その16 寅さん記念館(1)
寅さん記念館-1
東京都葛飾区柴又6丁目にあります 「寅さん記念館」 です。
寅さん記念館-2
「寅さん記念館」 の入口
寅さん記念館-3
寅さん自身が館名の看板文字を取り付け中!
寅さん記念館-4
寅さん記念館-5
真下の床面には、片方の雪駄(せった) が落ちています。
寅さん記念館-6
中に入るとそこは 「葛飾柴又撮影所」 です。
寅さん記念館-7
寅さん記念館-8
映画づくりのスタッフがパネルで紹介されています。
寅さん記念館-9
実際に映画製作に使用されたセットが組み立てられています。
寅さん記念館-10
寅さん記念館-11
第1作より最終48作まで撮影に使用されたセットです。
寅さん記念館-12
中国のある僧侶の言葉、「言葉は心」 が掲示されています。
寅さん記念館-13
 今から38年前の昭和47年(1972) に公開されたシリーズ第9作 「男はつらいよ 柴又慕情」、マドンナ役に吉永小百合さんが出演。 旅先の金沢で3人の女性旅行客と出会った寅次郎、その中の一人で著名な小説家の娘である歌子(吉永小百合) に強く心惹かれてしまった。 旅から単身帰った寅次郎は、歌子への募る想いから鬱(うつ)状態に。 そんなある日、歌子がとらやを訪問。 寅次郎はすっかり上機嫌になったが、歌子の口からは恋人との結婚話を打ち明けられるのであった。・・・・
寅さん記念館-14
 昭和44年に第1作が公開されてから26年間に48作続いた 「男はつらいよ」、シリーズ最終作となった「寅次郎紅の花」、山田洋次監督を中心に渥美清さん、浅丘ルリ子さん、後藤久美子さんら出演者の皆さんです。
JUGEMテーマ:写真

 山田洋次監督とスタッフは、ドラマの設定にピッタリの場所をもとめて東京近郊のあらゆる候補地をロケハンしました。 しかしイメージどおりの場所がなかなか見つからず、半ば諦めかけたある日やっと辿り着いたのが葛飾柴又でした。
 葛飾柴又は、豊かな自然と温かい心が通い合う街。 東京の北東部、江戸川のほとりに位置する葛飾柴又は、水と緑と下町の風情あふれる町並みが調和した門前町です。(寅さん記念館 パンフレットより)
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:22 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その15 帝釈天 邃渓園
邃渓園-1
柴又帝釈天の奥庭 「邃渓園;すいけいえん」 です。
邃渓園-2
手入れの行き届いたきれいな庭園です。
邃渓園-3
周囲に屋根付きの廊下が設けられています。
邃渓園-4
大客殿前に広がる 「池泉式庭園」 です。
邃渓園-5
向島の庭師永井楽山の設計により、昭和40年に造園されました。
邃渓園-6
奥に見えるのが、「大客殿」です。
邃渓園-7
池にはたくさんの鯉が泳いでいます。
邃渓園-8
「御神水」が湧き出ています。
邃渓園-9
葉ぼたんがきれいに咲いています。
邃渓園-10
お猿さんが祀られています。
邃渓園-11
きれいな池泉式庭園 「邃渓園」、、屋根付きの廊下でひと回りすることができます。
JUGEMテーマ:写真
 
 柴又帝釈天の見学と撮影の最後は、帝釈天の奥庭 「邃渓園」です。 昭和40年(1965) に向島の庭師 永井楽山の設計によるものです。 屋根付きの廊下から見る美しい日本庭園は心が癒やされます。 帝釈堂拝殿に参拝のあと、内陣の彫刻と邃渓園の美しい庭園を見学されることをお勧めします。 素晴らしいです。
 今回で柴又帝釈天の項は終わります。 次回より 「寅さん記念館」 とその周辺の写真を展示しますので見て下さい。
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:04 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その14 帝釈天 大客殿
大客殿-1
ここから邃渓園(すいけいえん)が見れる建物、「大客殿」 に入ります。
大客殿-2
落ち着いた雰囲気が漂う入口です。
大客殿-3
ガラス障子の広縁を巡らす 「大客殿」、左側が「邃渓園」になります。
大客殿-4
大客殿-5
大客殿-6
広縁の天上部分には、「帝釈堂法華経絵巻原型彫刻」 が掲げられています。
大客殿-7
撮影当日(2/19)は、雛飾りを見ることができました。
大客殿-8
横山大観筆(彫刻下絵) 「群猿遊戯図」 です。
大客殿-9
天上から豪華なシャンデリアが吊るされています。
大客殿-10
一番奥の 「頂経の間」 が上段の間です。
大客殿-11
床の間には、近江の伊吹山山麓にあった 「日本一」 と言われる大南天の床柱
大客殿-12
 東京都選定歴史的建造物 「柴又帝釈天題経寺大客殿」
 帝釈天題経寺は寛永年間に創設された日蓮宗の寺院で、境内には、文化・文政の頃の釈迦堂をはじめ、明治以降に建てられた諸堂が多く現存する。 北側の和風庭園(邃渓園) に面した大客殿は、信徒の接待所として設計された建物で昭和4年(1929)に完成した。 この年には釈迦堂拝殿の造営も行われている。建物は木造、平屋建、総檜造りで、屋根は入母屋、桟瓦葺き。ガラス障子の広縁を巡らし、縁の正面中央に張り出し部分を設けているところが外観上の特徴である。 建物内部は四部屋からなる書院造りで、一番奥の頂経の間が上段の間である。 また、床の間には、近江の伊吹山山麓にあった 「日本一」 と言われる大南天の床柱がある。
JUGEMテーマ:写真

  祖師堂(本堂)裏に位置する、昭和4年の完成で大正の面影を感じる建築様式です。 芝の二本榎の名匠 鈴木源次郎が材料を厳選して造営したものです。 座敷のうちもっとも奥に位置する 「頂経の間」 の 「南天の床柱」 は、日本一のものといわれ、直径30cm、滋賀県の伊吹山にあった樹齢約1,500年の南天の自然木を使用したものです。 一見に値する貴重な床柱です。 
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 21:38 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その13 帝釈天 祖師堂(本堂)・釈迦堂
帝釈天-1
帝釈天境内案内図です。 今まで二天門、大鐘楼、帝釈堂などを写真展示しましたが、まだまだ写真展示は続きます。 見どころいっぱいの帝釈天です。
帝釈天-2
この赤い絨毯は、帝釈堂と祖師堂(本堂) をつなぐ廊下です。
帝釈天-3
帝釈堂から見た祖師堂(本堂) です。
帝釈天-4
帝釈天には有名な 「二天門」 と、この 「南大門」 があります。
帝釈天-5
南大門を入ると、正面に 「祖師堂(本堂)」、右側には 「釈迦堂」 があります。 釈迦堂(開山堂) は、江戸末期に建立された寺内最古の建築です。 釈迦堂には奈良時代作という釈迦如来立像と、開山日栄中興の祖日敬の木像が安置されています。
帝釈天-6
入母屋造の祖師堂(本堂)、元はこちらが日蓮宗寺院として柴又帝釈天 題経寺の本来の本堂であり、本尊は大曼荼羅です。
帝釈天-7
祖師堂の唐破風にも重厚な彫刻が施されています。
帝釈天-8
扁額には題経寺(だいきょうじ) の山号 「経榮山」 の文字が書かれています。
山号(さんごう) とは、寺院の名に冠する称号。 もと寺院は多く山にあり、その名をもって呼ばれた。 日本には禅宗と共に中国より山号の制が伝えられ、のち平地の寺院にも波及した。 霊亀山(天竜寺)・比叡山(延暦寺)・金竜山(浅草寺)の類。(広辞苑より)
帝釈天-9
祖師堂の側面を撮影。
帝釈天-10
帝釈天境内に二体の座像が安置されています。
JUGEMテーマ:写真

 見事な彫刻が施された 「帝釈堂」 の撮影後、境内の社殿・祖師堂(本堂)や大客殿・庭園などを見学と撮影をしてきました。 まだ写真展示は続きます。 柴又帝釈天みどころいっぱいの寺院です。
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:10 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その12 帝釈天 帝釈堂(8) 内陣彫刻(7)
内陣彫刻-1
帝釈堂内陣の階下部分に施されている、見事な彫刻です。
内陣彫刻-2
精巧で緻密な彫刻に見入ります。
内陣彫刻-3
総ガラス張りの 「彫刻ギャラリー」 の内部、適度に照明が施さています。
内陣彫刻-4
法華経説話彫刻以外にも、色々な彫刻が施されています。
内陣彫刻-5
内陣の外側には、ほぼ全面に彫刻が施されている貴重な建造物です。
内陣彫刻-6
筆者、これほどの彫刻を一度に鑑賞したのは初めての経験です。 素晴らしいです。
内陣絵馬-1
内陣に掲げられている葛飾区登録有形民俗文化財指定の 「柴又帝釈天絵馬」 です。
帝釈天の絵馬は明治時代に信者から奉納されたもので、当時の柴又帝釈天の賑わいと信仰を知る貴重なものです。 明治7年(1874) 奉納のこの絵馬は当時の参詣の様子を描いたもので、本堂の奉納提灯や手水場(ちょうずば) の手ぬぐいなどに往時がしのばれます。 (説明文より)
内陣絵馬-2
祈願(きがん;神仏に祈り願うこと) によって帝釈天が出現し、ご神水が湧き出る様子
内陣絵馬-3
明治2年、今から遡ること140年前に描かれ貴重な絵馬です。
JUGEMテーマ:写真

 帝釈堂内陣の外側、東・北・西のほぼ全面に装飾彫刻が施されています。 内陣全体がガラス張りになり、見学用の通路が設けられ、「彫刻ギャラリ-」 として一般に公開されています。 彫刻に興味のある方は、ツアーでは時間が足りないかもしれません。 個人で充分に時間を取って鑑賞されることをお勧めします。 筆者の知る限り、帝釈天は日本有数の彫刻の見れる寺院ではないかと思います。 素晴らしいです。
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:01 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その11 帝釈天 帝釈堂(7) 内陣彫刻(6)
内陣彫刻-1
内陣彫刻-2
階下に 「春の季節を描いた花鳥図」 と最下段には 「亀図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-3
内陣彫刻-4
階下に 「夏の季節を描いた花鳥図」 と最下段に 「亀図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-5
内陣彫刻-6
階下に 「秋の季節を描いた花鳥図」 と最下段の 「亀図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-7
内陣彫刻-8
階下に 「冬の季節を描いた花鳥図」 と最下段に 「亀図」 が彫刻されています。
JUGEMテーマ:写真

 帝釈天 帝釈堂内陣の階下には 「花鳥図」、最下段には 「亀図」 が彫刻されています。 今回、写真展示しましたのは四季の一枚づつですが、これ以外にもたくさんの 「花鳥図」 が彫刻されています。
 作者は複数の彫刻師によって刻まれましたが、ことに 「千羽鶴図」 「花鳥図」 「亀図」 などは、千葉県鴨川出身の名人 高石千蔵師の彫りに成るものです。
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:01 | comments(0) | - |
東京名所めぐり 柴又界隈 その10 帝釈天 帝釈堂(6) 内陣彫刻(5)
内陣彫刻-1
堂の最上段(写真中央)に 「十二支の図」、その下に「天人図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-2
法華経説話を題材とした、今関光次作 「病即消滅の図 薬王菩薩本事品第二十三」
内陣彫刻-3
説話彫刻図の下には、「千羽鶴図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-4
説話彫刻図の説明文です。
内陣彫刻-5
堂の最上段(写真中央)に 「十二支の図」、その下に 「天人図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-6
法華経説話を題材とした、小林直光作 「常不軽菩薩受難の図・法華経功徳の図」
内陣彫刻-7
説話彫刻図の下に、「千羽鶴図」 が彫刻されています。
内陣彫刻-8
説話彫刻図の説明文です。
JUGEMテーマ:写真

 今回、特に帝釈堂内陣の外側にある十枚の胴羽目彫刻を中心に、堂の最上段の 「十二支の図」 から下に向かって一枚づつ丹念に撮影してきました。 いままで幾つかの彫刻を撮影してきましたが、これほど丹念に撮影できたのは初めてです。 貴重な法華経説話彫刻は永久保存版です。 ちなみに小江戸・川越にあります 「氷川神社」 にも素晴らしい彫刻がありますので見て下さい。
| 東京名所めぐり(柴又界隈) | 19:01 | comments(0) | - |
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