質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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古都奈良の旅 名所めぐり その39(完) 街中散策
街中散策-1
街中散策-2
 行基菩薩の噴水
    製作者  行基菩薩像 日展彫刻家 中西重久
           噴水陶板   赤膚焼窯元 大塩正人
 この噴水は奈良時代に僧として布教に務めるかたわら伝導と結びついた大規模な土木開発事業や社会福祉事業など数多くの業績を残し、天平15年盧舎那仏(大仏)造営の勧進に起用され同17年大僧正に任ぜられた行基(668−749)の遺徳を偲びあわせて近鉄奈良駅前再開発事業の完成を記念して、昭和42年3月東大寺大仏殿に向かって立つ行基菩薩をモチーフにしてつくられました。
 この行基菩薩の噴水が奈良の名所として、将来にわたり益々多くの人々から親しまれることを願いこの度新たにブロンズ像を建立したものであります。 
                                  平成7年3月  奈良市
街中散策-3
近鉄奈良駅から直ぐのアーケード街。
街中散策-4
アーケードの天井部に鹿がデザインされています。
街中散策-5
「ひがしむき商店街」の大きな幕。
街中散策-6
岡本太郎さんの作品(イス?)が展示されています。
街中散策-7
「鹿の角きり」 の装束とポスター、平成22年は10月9日〜11日に実施。
街中散策-8
奈良漬で有名な 「山崎屋本店」。
街中散策-9
商店街でにぎやかな一団と遭遇、フィエスタ メヒカナ 奈良2010 メキシコ祭りに参加の皆さんです。 軽快なリズムが街中に響きます。
街中散策-10
街中散策-11
日本の国旗とメキシコの国旗を持っての演奏です。 メキシコの国旗は緑、白、赤の縦三色の中央に国章を配したデザインになっています。 国章の 「湖の中央の岩に生えるサボテンに蛇をくわえた鷲がとまっている」 図は、アステカ神話にあった 「そこに首都を創設せよ」 という予言を示しています。 (フリー百科事典・ウィキペディアより)
街中散策-12
笑顔が素敵なメキシコの女性です。
街中散策-13
街中で見かけた 「幸運石」 のお店です。
街中散策-14
ポストに衣装、面白写真です。
街中散策-15
街中で見かけた彫刻です。 題は 「21世紀への飛躍」。
街中散策-16
奈良市観光センター前に立つ彫刻、題は 「華」。
JUGEMテーマ:写真

 全56回にわたって写真展示しました 「古都奈良の旅」 は今回をもって終了です。 2010年9月15日は平城宮跡会場で開催された 「平城遷都1300年祭」を、9月16日・17日は定期観光バスで 「法隆寺西の京」 と 「奈良公園3名所と春日奥山めぐり」 で古都奈良の見学と撮影をしてきました。 限られた時間の中で撮影した奈良の名所、思い出に残る旅でした。 読者の皆様に少しでも奈良の旅を味わって頂ければ幸いです。(完)
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:29 | comments(2) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その38 奈良国立博物館
奈良公園-1
緑豊かな奈良公園を散策。
奈良公園-2
鹿を見ながらのんびり散策を楽しみます。
奈良県立美術館
この建物は 「奈良県立美術館」、残念ながら訪ねた時は休館日でした。
奈良国立博物館-1
これは 「奈良国立博物館」 の掲示板です。
奈良国立博物館-2
「奈良国立博物館・本館」です。 この本館は、赤坂離宮(迎賓館)などを手がけた宮廷建築家・片山東熊の設計により明治27年(1894)竣工したもので、明治期の洋風建築の代表例として国の重要文化財に指定されています。
奈良国立博物館-3
本館入口、現在は 「なら仏像館」 として使われています。
奈良国立博物館-4
当日(9/17)、特別展 「仏像修理100年」 が東新館で開催されていました。
奈良国立博物館-5
「奈良国立博物館」 入口です。 左側が東新館、右側が西新館、地下回廊で 「なら仏像館・青銅器館」 へ行けます。
JUGEMテーマ:写真

 明治27年(1894)に竣工した国の重要文化財 「旧帝国奈良博物館本館」 は、平成22年の夏 「なら仏像館」 と名をあらため、生まれ変わりました。 「なら仏像館開幕記念特別展」 として 「至宝の仏像・東大寺法華堂金剛力士像特別公開」 を拝観してきました。 また 「東新館」 では特別展 「仏像修理100年」 が開催されていました。 内部は撮影禁止なのでお見せできませんが、至宝の仏像を堪能させてもらいました。 奈良来訪時は必見の博物館です。

 【ミニ知識】 片山東熊(かたやま とうくま)・・・フリー百科事典・ウィキペディアより
 嘉永6年(1854)ー大正6年(1917)、明治時期に活躍した建築家。 山口県生まれ。 工部大学校の建築学科第1期生。 宮内庁で赤坂離宮など宮廷建築に多く関わる。 職務として県庁や博物館など36件の設計に関わったほか、公務の合間に貴族の私邸を中心に14件の設計を行った。
 日本人建築家の養成を行うべく来日した、ジョサイア・コンドルの最初の弟子である。 代表作である旧東宮御所(現・迎賓館)は、2009年に明治以降の建築としては初めて国宝に指定された。
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:08 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その37 猿沢池
猿沢池-1
近鉄奈良駅から徒歩約5分のところにある 「猿沢池;さるさわいけ、さるさわのいけ」。
猿沢池-2
猿沢池には 「七不思議」 があります。
\,泙此´濁らず 出ず てらず コ燭呂錣ず α瑤論犬┐此´Уが七分に水三分。 猿沢池の水は、決して澄むこともなく、またひどく濁ることもない。 水が流入する川はなく、また流出する川もないのに、常に一定の水量を保っている。 亀は沢山いるが、なぜか蛙はいない。 毎年多くの魚が放されているので増える一方であるにもかかわらず、魚があふれる様子がない。 水より魚の方が多くてもおかしくないような池。(フリー百科事典・ウィキペディアより)
猿沢池-3
猿沢池こんな話し 悲恋の采女(うねめ)と衣掛柳(きぬかけやなぎ)の伝説
「昔、平城の帝に仕う奉る采女あり、顔かたちいみじう清らにて、人々よばひ、殿上人などもよばひけどあはざりけり。そのあはぬ心は、帝を限りなくめでたきものになん思い奉りける・・・云々」(大和物語より) しかし常なきものは男女の仲、やがて帝の寵愛の衰えたことを嘆いて采女は身を投げてしまいました。そのとき衣を掛けたのが衣掛柳といわれています。これを不びんに思われた帝が采女の霊を慰められたのが池の北西の采女神社です。 采女の古里福島県郡山市にも采女の霊を祭る采女神社があります。この歴史の縁により奈良市と郡山市は姉妹都市提携を結んでいます。
猿沢池-4
池の東畔にある 「衣掛柳;きぬかけやなぎ」の石碑。
猿沢池-5
石碑の近くに植樹されている枝垂れ柳です。
猿沢池-6
池に北西に建つ 「采女神社」。
鳥居は池に面していますが、社殿は池に背を向けて西向きになっています。 采女の霊が池を見るのが辛いからだと、まことしやかに言われています。
JUGEMテーマ:写真
 
 猿沢池は奈良公園にある周囲360mの池です。 興福寺五重塔が池の周囲の枝垂れ柳と一緒に水面に映る光景はとても美しく、奈良八景の一つになっています。 興福寺が行う 「放生会」 の放生池として、天平21年(749)に造られた人工の池です。 放生会とは、万物の生命をいつくしみ、捕えられた生き物を野に放つ宗教儀式です。
 また、仲秋の名月の日には、雅楽が演奏されるなか、秋の七草で飾られた2mあまりの花扇をはじめ、花扇使、ミスうねめ、ミス奈良を乗せた2隻の管絃船が猿沢池をめぐり、最後には花扇を池中に投げる華やかな行事、「采女祭」 が行われます。(フリー百科事典・ウィキペディアより)
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 20:06 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その36 春日奥山めぐり
春日奥山めぐり-1
興福寺の見学を終え、観光バスは若草山へ、途中車窓から見た春日大社一の鳥居。
春日奥山めぐり-2
大仏池(?)越しに見える大仏殿。
春日奥山めぐり-3
観光バスの車窓から見える美しい風景です。
春日奥山めぐり-4
新若草山ドライブウェイをバスは進みます。
春日奥山めぐり-5
これより先、若草山を車窓から見学。
春日奥山めぐり-6
ドライブウェイから見る雄大な奈良市街の風景。
春日奥山めぐり-7
奈良奥山ドライブウェイ案内図、左のA地点から入り現在地D地点まで快適なドライブと雄大な風景を楽しんできました。 所要時間は約1時間です。
春日奥山めぐり-8
奈良奥山ドライブウェイを下りると、のどかな風景が広がります。
JUGEMテーマ:写真

 2010年9月17日に乗車しました奈良定期観光バス 「奈良公園3名所と春日奥山めぐり」、東大寺・大仏殿→春日大社→興福寺・国宝館とめぐり、最後は春日奥山めぐりとして 「奈良奥山ドライブウェイ」 へ、約1時間の快適なドライブと雄大な風景を楽しんできました。
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その35 興福寺
興福寺-1
奈良の世界遺産 興福寺(こうふくじ)を見学します。
興福寺-2
興福寺北参道です。
興福寺-3
手前が国宝・東金堂(とうこんどう)、奥が国宝・五重塔です。
興福寺-4
 国宝・東金堂 奈良時代の神亀3年(726)、聖武天皇が、伯母である元正太上天皇の病気平癒を祈願して創建したもの。 その後、落雷や兵火などで5度焼失、そのたびに再建され、現在の建物は、室町初期の応永22年(1415)に再建されたものです。
興福寺-5
国宝 興福寺五重塔です。
興福寺-6
 京都、東寺の五重塔につぐ、高さ50.1mの規模を誇る塔で東金堂の南隣に建つ。 興福寺の創建者、藤原不比等の娘である光明皇后の発願により、天平2年(730)に建立された。 その後5回の焼失、再建を経て、現在の建物は、室町時代の応永33年(1426)に建てられたものです。
興福寺-7
 重文 「南円堂;なんえんどう」 
 国宝・「北円堂」 と対になる八角円堂。 弘仁4年(813)藤原冬嗣が父内麻呂のために創建したもの。 現在の堂は江戸時代の再建。 西国三十三ヵ所観音霊場第9番札所でもあるため、堂前には線香の煙りが絶えず庶民的な雰囲気が漂う。 本尊は高さ3.4mの国宝・不空羂索観音坐像(ふくうけんじゃくかんのんざぞう)で、運慶の父康慶一門の作。 堂内は毎年10月17日に特別開扉されます。
興福寺-8
東金堂・五重塔に隣接して 「国宝館」 があります。 有名な阿修羅像を含む八部衆像や鎌倉時代の金剛力士像など、現在は失われた建物に安置されていた寺宝を収蔵、公開。 その数は国宝・重文に指定されているものだけでも60点に及びます。
興福寺-9
国宝館を拝観し、出口を出たところです。 館内は撮影禁止です。
興福寺-10
 この有名な 「国宝・阿修羅像」 が見れます。 国宝館で最も人気のある像です。 この3面6臂(3つの顔に6本の手)の像は少年のように、あるいはきりりとした少女のように立っています。 仏法を護持する八部衆立像のうちの1体で、憂いを帯びたまなざしには深い精神性が感じられます。
JUGEMテーマ:写真

 「興福寺」 は、藤原鎌足を祖とする大豪族・藤原氏の氏寺として栄えた古刹。 近鉄奈良駅からも近く、奈良公園散策の起点となる寺です。 全盛期には大和一国を支配するほどの権勢を誇り、京都比叡山の延暦寺と並び 「南都北嶺」 と畏れられたが、現在の境内は鹿が自由に周遊する、ほのぼのとした雰囲気です。 鎌倉・室町再建の堂塔も見応えがありますが、それにもまして、天平、鎌倉期の仏像を中心とする、すぐれた寺宝として知られています。 
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:28 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その34 春日大社(6) 宝物殿
春日大社-1
春日大社-2
春日大社宝物殿
春日大社-3
宝物殿に入館したのは2010年9月17日、春日大社1300年展が開催中でした。
春日大社-4
 春日大社宝物殿ご紹介
 収蔵品は、国宝・重要文化財合わせて520点を含む3、000点以上に上り、いずれも春日の神々への篤い信仰の証です。
 平安時代の調度品や楽器など蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)で装飾された優美な国宝が多く、平安の正倉院と称えられると同時に鎧(よろい)や刀剣も各時代を代表する名品が多数伝来し、多くが国宝・重文に指定されます。 その他絵巻や春日曼荼羅など日本の神道美術を代表する絵画、舞楽をはじめ古典芸能の仮面、装束、楽器等の優品も伝わります。
 春日大社には、平安時代以来の優雅な祭礼や芸能が絶えることなく伝承されており、宝物殿では、単に文化財を展示するだけでなく、今日まで続く春日文化を紹介すべく、年4回テーマを定め、約50点を選りすぐって展示を行っています。
春日大社-5
宝物殿入口に展示されている大杉の切り株と重要文化財の石燈籠二基
(1)重要文化財 石灯籠 「柚木燈籠;ゆのきとうろう」 (手前)
  摂社若宮神社南方の柚の木の下にあったのでこの名がある。 若宮おん祭が始まった翌、保延3年(1137)藤原忠道(1096〜1167)が寄進したと伝えられ、数ある石燈籠の中で最も古く優雅。 現在旧所在地には同形の燈籠が立てられている。
(2)重要文化財 石燈籠 「御間型燈籠;おあいがたとうろう」 (後方)
  春日大社の本社と若宮神社の間を御間道(おあいみち)といい、柱や屋根が角型で、火袋を木製とするものが多くあり、これを御間型と呼ぶ。
 本作は、その中で最も古く、作りも極めて優れている。 中台には走獅子(はしりじし)、基礎には、鹿、龍虎、鳳凰が見事に彫刻され、竿に 『元亨3年(1323)十一月 日 宥弘 敬白』 の刻銘がある。(案内板より引用)
春日大社-6
これより宝物殿に入ります。 これから先は、撮影禁止です。
JUGEMテーマ:写真

 見どころの多かった春日大社、今回は御本殿を中心に参拝しましたが、これ以外にも若宮、夫婦大国社(日本で唯一、夫婦の大黒様を祀る)など合わせて六十一社の摂社・末社が祀られています。 また春日大社 神苑 「萬葉植物園」 には、萬葉園・椿園・藤園などがあり歴史ある希少な植物を見ることができます。  
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 20:04 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その33 春日大社(5) 砂ずりの藤など
春日大社-1
春日大社南門を入ると左側に 「砂ずりの藤」 があります。
春日大社-2
銘木 砂ずりの藤 開花時の写真と年度別最長記録が掲示されています。 最長記録は平成15年の1m72cm、昨年(平成22年)は1m64cmと記されています。
春日大社-3
砂ずりの藤 花の穂が地面の砂にすれるほど長いところからこの名がある。 樹齢八百年ともいわれ、鎌倉時代後期(1309)に描かれた絵巻物 「春日権現験記;かすがごんげんけんき」 にもここにフジがあったことが記されている。 春日大社では神紋にもフジの紋様を用い、奈良朝以来境内のフジは大切にされている。 春日大社
春日大社-4
屋根を通して伸びる樹
春日大社-5
本社大杉の掲示板には、「根元から西方に直会殿(なおらいでん)の屋根を通して伸びる樹は、イブキ(ビャクシン)である。」 と記されています。
春日大社-6
これは、重要文化財 「捻廊;ねじろう」 です。
春日大社-7
重要文化財 捻廊 一棟 治承三年(1179)創建 春日祭に奉仕する斎女や内侍(ないし)が昇殿するための登り廊で、江戸時代に飛騨の名工左甚五郎が、現在のように斜めに捻れたものに改造したと伝えられている。 春日大社
春日大社-8
七種寄木(なないろのやどりぎ)
春日大社-9
七種寄木 この名の由来は、カゴノキを母樹として、ツバキ、ナンテン、ニワトコ、フジ、カエデ、サクラが着生したことによる。風宮神社のかたわらであることから、風神の威力によっていろいろな種を運んできたと伝えられる。 物の繁昌、やどるというところから妊婦を守るとの信仰があり、こよりを枝に結び、願いが叶えば解くとよいといわれる。
春日大社-10
多賀神社
春日大社-11
 延命長寿の神 多賀様のこと 鎌倉時代、東大寺中興の祖 俊乗坊重源は、齢六十の砌、東大寺の再建に当たる事となり、神明の擁護なくては成功を期しがたいと、伊勢神宮にて一七箇日の祈祷を勤仕した。 すると大神様の示現ましまし、寿命を祈願するならば近江の多賀社にと、重源神前に祈願を篭めた。 その時、神殿より一片の木の葉が舞い来て面前に止まったので、何心なく取り見ると、虫喰いのような格好で  『筵』 という文字の出ているに気付いた。 『筵』は『廿 延』 と書き、今の六十一歳より更に二十歳の寿命を授け給う神意であろうと篤く拝謝した。 お陰を以って再建の大事業も成功し、再度報謝の参詣を果たし、後社内の寿命石に座して眠るが如くに遷化した。 時に、八十五歳であった。 以上は、延命長寿の神様の霊験に関する最古の事例として、近江多賀社に伝承される。
春日大社-12
重要文化財 廻廊(かいろう)
春日大社-13
 重要文化財 廻廊 五棟 治承三年(1179)創建 連子窓(れんじまど)で中央を仕切り、それを中心に左右の屋根裏に各々棟をつくり、更に大棟をつくる複廊形式の三棟造(みつむねづくり)で、同種の遺構はほどんどなく貴重なものである。 春日大社
春日大社-14
春日大社参拝の最後に、バスガイドさんが 「砂ずりの藤」 越しに遠くの三笠山を見上げながら、阿部仲麻(あべのなかまろ)の百人一首を紹介してくれました。
   天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
 大空をはるかに仰ぎ見れば、月が出ている。 昔、春日の三笠山から昇るのを眺めた あの月と、同じ月なのだなあ。
JUGEMテーマ:写真

  「春日祭」
 春日大社の年中行事の一つに、3月13日に催される 「春日祭」 があります。 古来2月と11月の申の日に行われたので “申(さる)祭り” とも云われました。 明治19年以来3月13日と定められました。 平安の昔より国家安泰を感謝し皇室と国民の繁栄を願って勅使参向のもと行われる春日大社の例大祭です。 藤原時代の装束をつけた勅使を中心にした行列が一の鳥居から参道を進むありさまは、さながら王朝絵巻を見る思いです。 京都の石清水祭、葵祭と共に日本三大勅祭の一つです。
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 20:28 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その32 春日大社(4) 釣灯籠
春日大社-1
春日大社は、朱塗りの社殿と燈籠で有名です。
春日大社-2
色々な釣灯籠が軒下に掛けられています。
春日大社-3
日が差して金色に輝く釣灯籠がきれいでした。
春日大社-4
春日大社-5
この部屋では、色々な釣灯籠が見れます。
春日大社-6
数多くの釣灯籠が並ぶ壮観な眺めです。
春日大社-7
朱色の回廊には、約1000基の優美な釣灯籠が並びます。
春日大社-8
朱色の社殿、水路と軒下に掛る釣灯籠、好きな構図で撮影してきました。
JUGEMテーマ:写真

 春日大社と釣灯籠(郷土資料事典 奈良県より引用)
 社殿と回廊には約1、000基の釣灯籠があります。 この釣燈籠は各階層の人々から寄進されたものです。 鳴蝉燈籠・鬼面(しかみ)燈籠・瑠璃燈籠など、室町・江戸時代の名品が多い。 亀甲・網目・連子格子・波型斜め格子・花菱・竹・松・梅・藤・菊・唐草・鹿・もみじ・鳥・オモダカなど、様々な文様や家紋が透かし彫りになっているので、燈籠に火が入ると、これ等の文様や文字が生き生きと浮き出して、2月節分の夜と、8月15日に催される万燈籠の時などは、たとえようもない美しさです。
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その31 春日大社(3) 御本殿
春日大社-1
春日大社、社殿左側の巨木は 「本社大杉」 です。 
春日大社-2
 「本社大杉;ほんしゃおおすぎ」 樹高 23m、幹周 7.94m このスギは、樹齢千年ともいわれ、鎌倉時代後期(1309)に描かれた絵巻物 「春日権現験記;かすがごんげんけんき」 にその姿が描かれている。 根元から西方に直会殿(なおらいでん)の屋根を通して伸びる樹は、イブキ(ビャクシン)である。 春日大社
春日大社-3
朱色が鮮やかな中門(ちゅうもん)と御廊(おろう)です。 奥にある国宝・本殿4棟は中門なら覗けますが残念ながら撮影禁止でした。
春日大社-4
 国宝 本殿(ほんでん) 四棟 附 透塀(すきべい)・内鳥居(うちとりい)・瑞垣(みずがき) 真護景雲2年(768)創建 
 東(向かって右)を第一殿としてほぼ同じ大きさの四棟が並立し、各殿間及び両脇に絵を描いた板塀を付け連ねている。 母屋は土台を井桁に組んだ上に立ち、正面に簀子縁(すのこえん)、木階(もっかい)をつける。 これを春日造といいその代表的なものとして著名である。 中世以降造替制(ぞうたいせい)によりほぼ二十年毎に本殿を造り替えてきているが、平安時代に完成した意匠をよく残している。 春日大社
春日大社-5
 重要文化財 中門(ちゅうもん) 一棟、東御廊(ひがしおろう) 一棟、西及び北御廊 一棟 伝治承3年(1179)創建 中門は一間一戸の楼門であり、唐破風(からはふ)は近世に付けられたもので当初からではない。 中門の両脇には各五間の東・西御廊が起こり、西御廊はさらに北折し北御廊へ続く。 御廊は以前、社僧の読経所とされていた為、「経所;きょうじょ」 または 「長講之御廊」 「吉田之御廊;きちでんのおろう」 「一切経御廊」 とも呼ばれていた。 春日大社 
春日大社-6
中門の前に並ぶ、稲垣と4基の大宮型燈籠です。
春日大社-7
中門の右側、五間の東御廊(重要文化財)です。
JUGEMテーマ:写真

 春日大社には、王朝絵巻を見るような春日祭(3月13日)、万燈籠(節分と8月14・15日)、春日若宮おん祭(12月15〜18日)など幾つもの神事が今に伝えられています。 万燈籠では約1000基の吊燈籠、約2000基の石燈籠が一斉に灯され、境内が幻想的な光景に包まれます。
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:02 | comments(0) | - |
古都奈良の旅 名所めぐり その30 春日大社(2) りんごの樹
春日大社-1
春日大社 南門を入り、これより御本殿に参拝します。
春日大社-2
春日大社境内図
春日大社-3
御本殿に参拝する前に自分でお祓いします。
春日大社-4
御本殿を参拝される前に、日頃知らず知らず犯した自分の罪や咎(とが;あやまち)をこの祓串で左右左の順にお祓い下さい。 春日大社 と書かれています。 
春日大社-5
御本殿前の広場に一本の林檎(りんご)の樹が植えられています。
春日大社-6
林檎の樹 この広場は古来より 「林檎の庭」 と呼ばれ、このリンゴ(当時はワリンゴ)の結実が多いか、少ないかでその年の豊作物の豊凶を占ったとされている。 元々の樹は平安末期、高倉天皇(1168〜1179)の献木と伝わるが、その後枯れ、今ある樹は昭和32年に献木されたものである。 春日大社
春日大社-7
これより御本殿を参拝します。
春日大社-8
朱色が鮮やかな社殿の前に立つ立派な燈籠です。
JUGEMテーマ:写真

 春日神社の創建に関わる藤原不比等(ふひと)は、貴族の名家、藤原氏の祖。 奈良時代の政治家で、大化元年(645)の大化の改新で知られる藤原(中臣)鎌足の第2子。 文武天皇の命で、大宝律令の完成に尽力。 死後、太政大臣を贈られた。 不比等の2人の娘は皇后に、4人の息子は南家、北家、武家、京家を興し、藤原氏は江戸時代まで貴族社会の中心を占めました。
| 古都奈良 名所めぐり(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
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