質素な写真展示室

富士の裾野で、美しい日本の風景・お祭りや花などの写真を展示します。

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PROFILE
尾張・名古屋の旅 その48(完) 名古屋市市政資料館(2)
市政資料館-1
市政資料館に入ると、先ず目に入るのが重厚な階段です。
市政資料館-2
正面には、公正な裁判を意味する秤の絵がデザインされたステンドグラス。
市政資料館-3
階段を上ったところです。 重厚な造りになっています。
市政資料館-4
会議室 創建時控訴院の会議室として設置され、長い間、重要な役割を果たしてきました。 部屋の南側は露台(バルコニー) に通じる扉、北側には奉安所を設け、重厚な調度品を置いて、全体に荘重(そうちょう) な雰囲気をかもし出しています。 内装は、腰を羽目板張りとし、合板が使われていますが、この合板はアサノ式べニアでラワン薄板を3層に貼りあわせ、表面は玉杢(たまもく;渦状をなしたこまかく美しい木目) のカエデを使った、合板としては日本における初期のものです。 壁・天井とも漆喰(しっくい) 塗りの上に紙貼り仕上げとしたもので、天井は折り上げとし中央部を一段高くして装飾を施し、シャンデリアを吊しています。 床は花柄模様の絨緞(天津緞通) を、部屋の調度品は机、椅子、帽子掛などを配し、再現しています。 この部屋は、長い歳月の中で幾度か内装が変えられたので、残された文献や当時の写真、聞きとり調査などを手掛かりとして創建時の姿に復原したものです。 この建物の中でももっとも優れた部分の1つであり、重要文化財に指定されています。 (掲示板より)
市政資料館-5
建物の正面、車寄の上部に 「神鏡と神剣」 を組み合わせた装飾を取り付けています。
市政資料館-6
市政資料館-7
神鏡と神剣
市政資料館-8
控訴第一号 「大法廷」
市政資料館-9
控訴第二号 「法廷」
市政資料館-10
見学を終えあらためて大正の建造物、ネオバロック様式レンガ造りの建物 『旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎』 を撮影しました。 貴重な歴史的建造物です。
JUGEMテーマ:写真

 48回にわたって写真展示しました 「尾張・名古屋の旅」 は今回をもって終了です。 近代的な建造物 「オアシス21」 から始まり、名古屋城、産業技術記念館などや歴史的建造物・名古屋市市政資料館まで、新旧の見どころ満載の旅でした。 今回の旅で利用しました、なごや観光ルートバス 「メーグル」 は、自分に合った時間配分で大人の旅が出来る便利な交通手段です。 お勧めです。(完)
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その47 名古屋市市政資料館(1)
なごや観光ルートバス メーグル
文化のみち町並み保存地区の散策を終え、再びなごや観光ルートバス・メーグルに乗り、最後の見どころ 「名古屋市市政資料館」 に向かいます。
名古屋市内の風景
途中、バスの中から撮影した市内の風景です。対称に描く曲線がきれいです。
市政資料館-1
名古屋市市政資料館の入口です。
市政資料館-2
当時の表札も残されています。
市政資料館-3
前庭に建立されている女性像、「風光る」 と題されています
市政資料館-4
堂々とした風格のある建造物 「名古屋市市政資料館」の正面です。
市政資料館-5
大正時代の貴重な建造物。 ネオバロック様式でレンガ造りの優雅な建物です。
JUGEMテーマ:写真

 大正11年に建てられた旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎。 ネオバロック様式レンガ造りの建物は、国の重要文化財に。 現在は名古屋市の公文書館として、市政に関する資料を保存・公開。 留置場など司法に関する展示のほか、ステンドグラスやシャンデリアなどの調度品も一見の価値あり。 (メーグル見どころガイド!より) 
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その46 文化のみち散策
文化のみち散策-1
旧豊田佐助邸 豊田佐助は、発明王として有名な豊田佐吉の弟で、佐吉を支えた実業家です。佐助邸は大正12年に建てられた白いタイル貼りの洋館と広い間取りの和館で構成されています。名古屋市が無償で借用し、イベントや講座などに利用しています。
文化のみち散策-2
撮影した日が金曜日で入館できませんでした。
文化のみち散策-3
文化のみち散策-4
旧春田鉄次郎邸 陶磁器貿易商として成功し、太洋商工株式会社を設立した春田鉄次郎が武田五一に依頼し、大正13年に建造された邸宅です。
文化のみち散策-5
名古屋市の景観重要建造物に指定されています。
文化のみち散策-6
豊田利三郎邸宅跡と「白壁町ハウス」
文化のみち散策-7
門をくぐったところにある 「銘名碑」 があります。
祖父佐吉の勧めで 父利三郎が白壁町の此の地に屋敷を構えたのが大正六年であった。 その二年後に私が此処に生を享けて以来六十余年苦楽を共にしてきた屋敷に代えて本日新しいビルディングが竣工した。 若い人達の力で誕生したこの新しい生命に対して過去の郷愁と未来への大いなる希望を込めて之を 「白壁町ハウス」 と銘名する。 昭和六十年建国記念の日に 豊田幸吉郎
文化のみち散策-8
町名の白壁にふさわしい、ひときわ目立つ白い瓦塀のある 「料亭旅館 か茂免」。
文化のみち散策-9
文化のみち散策-10
景観重要建造物に指定されている 「文化のみち橦木館(しゅもくかん)」 陶磁器商であった井元為三郎が大正末から昭和初期にかけて建てた屋敷です。洋館、和館、東西二棟からなる蔵、茶席で構成されています。
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 名古屋市白壁・主税(ちから)・橦木町町並み保存地区 (掲示板より)
 この地区は、名古屋城の東にあって、築城の時につくられた町の一部です。江戸時代には、中級士族の屋敷が並んでいました。 当時の藩士で ≪鸚鵡籠中記;おうむろうちゅうき≫ の著者として有名な朝日文左衛門の屋敷も主税町筋にありました。 明治から大正にかけては、多くの貿易商や財界人が移り住み、広大な敷地を有する閑静な住宅地に生まれ変わりました。 名古屋市は、この地区の特性である道路の両側に連続する門・塀・と塀越しに見える木立ちの緑、点在する優れた戦前の和風・洋風建築物など、保存上必要な物件を定め、修理・修景工事補助事業を進めています。
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:05 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その45 文化のみち百花百草(2)
百花百草-1
名古屋市東区にあります 「文化のみち百花百草」 の庭園です。
百花百草-2
庭園内はきれいに整備されています。
百花百草-3
水の流れる庭園は心が癒されます。
百花百草-4
園内でツバキの実を見つけました。
百花百草-5
百花百草-6
百花百草-7
百花百草-8
色とりどりの花が咲いています。 2009年6月25日撮影
百花百草-9
百花百草-10
さりげなく置かれている植え込みのポットに心が和みます。
百花百草-11
ホールから見える庭園の風景です。
百花百草-12
ホールでは庭園を見ながらコーヒーやピアノ演奏が楽しめます。
JUGEMテーマ:写真
 
 「文化のみち」を散策する際に、休憩する場所として最適な場所です。 きれいに手入れされた庭園、中央に水が流れ、周囲には色とりどりの花が咲き誇っています。 庭園見学後、ホールでピアノの演奏を聴きながら、おいしいコーヒーが飲めます。 癒しのひとときが過ごせます。 お勧めの休憩所です。 
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:02 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その44 文化のみち百花百草(1)
百花百草-1
文化のみち、町並み保存地区の一画にある 「百花百草 」の入口。
百花百草-2
御挨拶 「百花百草」は、大正9年に建てられた書院・茶室・土蔵を改修、又ホールを新築し、2007年に開館しました。四季を通じ楽しめる庭園と心癒される空間作りもし、皆様が楽しく、そして仲良くお過ごしいただけますようお待ちしております。
百花百草-3
百花百草-4
百花百草-5
書院と茶室・茶庭、内部は非公開です。
百花百草-6
苔(こけ)でしょうか、柔らかい緑色がきれいでした。
百花百草-7
庭園がきれいに整備されています。
百花百草-8
庭園内に土蔵があります。
百花百草-9
百花百草-10
土蔵の中はギャラリーになっており、普段は「百花百草図屏風」の解説がされます。
百花百草-11
土蔵の内部からみた庭園の風景。
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 文化のみち二葉館の撮影と見学を終え、名古屋城から徳川園に至る地区一帯、「文化のみち」の一画にある 「百花百草」 を訪ねました。
 岡谷鋼機の創業家である岡谷家の邸宅でしたが、長らく空き家となりました。 大正9年(1920) に建てられた書院や茶室・土蔵を改修するとともに、母屋跡にホールを新築し平成19年(2007) 4月に 『文化のみち百花百草』  として開館したもの。 名称はかって岡谷家が所有し徳川美術館に寄贈された田中訥言(たなかとつげん;江戸後期の画家。尾張の人で京都に住み、大和絵の復興に努めた) の 「百花百草図屏風」 に因(ちな)むものです。
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:57 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その43 文化のみち二葉館(3)
文化のみち二葉館-1
和室1(旧婦人室) 創建当時のまま残された部屋で、貞奴の親しい友人はこの部屋に通されたそうです。 廊下の窓が全開できるので、移築前は眺めの素晴らしい部屋であったと思われます。
文化のみち二葉館-2
文机、火鉢、炭入れ、座布団 貞奴邸で使用されていた貞奴愛用の品。
文化のみち二葉館-3
文化のみち二葉館-4
トランク、化粧箱、など貞奴、桃介が愛用した品。
文化のみち二葉館-5
火鉢、貞奴愛用の御殿火鉢
文化のみち二葉館-6
風景画の衝立 創建当時の貞奴邸北側からの風景、中央上部に貞奴邸、蔵が描かれている。 大正時代
文化のみち二葉館-7
当時の貞奴邸正門に掲げられていたものと思われる 「表札」。 大正時代
文化のみち二葉館-8
二葉館の住人、福沢桃介 大正期に電力王といわれ、木曽川水系に多くの発電所を建設した。 福沢諭吉の婿養子であり、多くの事業を手がける。・・・・
文化のみち二葉館-9
二葉館の住人、川上貞奴 日本の女優第1号として、明治の新演劇の発展につくした。 「オッペケベー節」 で有名な川上音二郎と結婚後、川上一座の女優として、マメリカ・ヨーロッパでの公演で高い評価を受ける。
演劇界を引退した後は、一時期名古屋に居住していた。 私財を投げて建立した貞照寺(岐阜県各務原市鵜沼) に埋葬されている。
文化のみち二葉館-10
ポスター(複製品) ミュッラー作 『サダ・ヤッコ(川上貞奴来演)』 ドイツ人画家のミュッラーが描いたポスター1900年のパリ万博ポスターの影響を受けて作られたと思われる 1900年頃
文化のみち二葉館-11
薙刀(複製品)・・・舞台「深山の美人」 で貞奴が使用した小道具、花魁(おいらん) のうちかけ(複製品)・・・唯一現存する貞奴の舞台衣装。
JUGEMテーマ:写真
 
 文化のみち二葉館には、住人である川上貞奴・福沢桃介の愛用の品々が展示されています。 大正時代の高級な品々を見ることができます。 文化のみち二葉館/完。
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 20:44 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その42 文化のみち二葉館(2)
文化のみち二葉館-1
ソファ(Sofa) 創建当時のソファ。 改築時には別室で使われていたが、これを解体し、当時の材料や工法に倣って復元、元の位置に戻したもの。 木組みやスプリングは当時のものを再利用。 (案内板より)
文化のみち二葉館-2
大広間、映像で当館の案内を見ることができます。
文化のみち二葉館-3
照明器具や天井の造りに時代を感じます。
文化のみち二葉館-4
文化のみち二葉館-5
二階に上がる重厚な螺旋状の階段。
文化のみち二葉館-6
階段を上り切った二階部分です。おしゃれな造りになっています。
文化のみち二葉館-7
竪瓦壁下地(たてがわらかべしたじ)・内壁と創建当時の天井裏の電気配線。
文化のみち二葉館-8
竪瓦壁下地・内壁、配線についての案内板です。
JUGEMテーマ:写真

 「2009年 浜名湖立体花博」 の写真展示を終え、再び 「尾張・名古屋の旅」 の写真展示にもどります。 ここ、文化のみち二葉館は 「日本の女優第1号」 として有名な川上貞奴と、「電力王」 と呼ばれた福沢桃介が暮らした邸宅です。大正時代、和洋折衷の建物は 「二葉御殿」 と呼ばれ、当時の様子を復元した邸内は実に華やかです。 貞奴愛用の品や郷土ゆかりの文学資料といった展示品の中でも、大広間のステンドグラスは必見!(メグール見どころガイド!より)

今日(2009年10月30日)の富士山です。 青空に雪を被ったきれいな富士山です。
今日の富士山
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その41 文化のみち二葉館(1)
文化のみち二葉館-1
文化のみち二葉館、名古屋市旧川上貞奴邸
文化のみち二葉館-2
和洋折衷の建物、「二葉御殿」と呼ばれた。
文化のみち二葉館-3
文化のみち二葉館-4
一階大広間の見事なステンドグラスです。
文化のみち二葉館-5
一階展示室のしゃれた窓とステンドグラス。
文化のみち二葉館-6
二階展示室のステンドグラス。
JUGEMテーマ:写真

 ノリタケの森の見学と撮影を終え、次の訪問地 「文化のみち」 を散策しました。 「文化のみち二葉館」 はその拠点施設になります。 斬新な和洋折衷の建物と内部の装飾、特にステンドグラスの素晴らしさに感動します。

 名古屋城から徳川園にいたる、「文化のみち」。 ここは、江戸期には中・下級武士の屋敷が連なり明治から昭和の初めにかけては近代産業の担い手となる起業家、宗教家、ジャーナリストなど様々な人が去来し、交流する舞台となった地域です。
 「日本の女優第一号」 として名をはせた川上貞奴も、その一人でした。 女優を引退した後、大正九年頃から電力王と呼ばれた福沢桃介とともに文化のみちエリアの北端にあたる名古屋市東区東二葉町に暮らしていました。
 約二千坪の敷地に建つ和洋折衷の建物はその斬新さと豪華さから 「二葉御殿」 と呼ばれ政財界人や文化人のサロンになっていたといいます。
 赤い瓦葺き屋根の印象的なその館が東区橦木(しゅもく)町に移築・復元され平成十七年早春文化のみちの拠点施設として甦りました。
 創建時から八十年以上の歳月を経た今再び様々な人達が出逢い、交流し新しい文化の芽生える場所にしていきたいと考えております。(リーフレットより)

 本日(8日)午前5時過ぎに愛知県に上陸しました台風18号が北上し、静岡県も暴風域に入りましたが、幸い筆者の住む東部富士山麓はほとんど影響がなく、被害はありませんでした。 また現在浜松モザイカルチャー世界博2009 「浜名湖立体花博」 が開催されています。 明日(9日)その撮影に行ってきます。 本日の台風で花博会場には被害がないという情報を確認してでかけます。 よって明日のブログ更新はお休みです。 後日立体花博の写真展示しますので見て下さい。
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その40 ノリタケの森(5)
ノリタケの森-1
花がきれいに咲いています。
ノリタケの森-2
きれいに刈り込まれた球形の植木がきれいでした。
ノリタケの森-3
ノリタケの森-4
ノリタケの森-5
直線や曲線がきれいな景観です。
ノリタケの森-6
直線の散策路や緑の植え込みがきれいです。
ノリタケの森-7
臨幸記念の石碑です。
ノリタケの森-8
臨幸記念 1927年11月19日、産業御奨励の目的を以って、昭和天皇が御臨幸されました。 それを記念して、ノリタケ2代目社長、広瀬実光によって記念碑が造られ、楠木が植えられました。 太平洋戦争により記念碑の近くにあった本館は戦災を被りましたが、記念碑と楠木はその当時のままの姿で現在に至っています。
ノリタケの森-9
行啓記念 平成15年10月25日 皇太子ご夫妻をノリタケの森にお迎えした光栄を末永く記念して、創立100年目のこの日、ここに梓(あずさ)の木を植樹します。
平成16年1月1日 株式会社 ノリタケカンパ二―リミテド
ノリタケの森-10
アジサイの花も咲いてました。
ノリタケの森-11
植え込みの幾何学模様が素晴らしいです。
ノリタケの森-12
おしゃれなレストラン 「キルン」 で食事もできます。
ノリタケの森-13
ノリタケの森の素晴らしい景観を存分に撮影させてもらいました。
JUGEMテーマ:写真

 5回にわたり写真展示しました 「ノリタケの森」 の素晴らしい景観、一度ご覧になることをお勧めします。 心が癒される素晴らしい施設です。 今回、建物の中も見学しましたが残念ながら撮影禁止のため展示することはできません。 見所いっぱいの展示品も必見です。
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:19 | comments(0) | - |
尾張・名古屋の旅 その39 ノリタケの森(4)
ノリタケの森-1
明治時代に造られた赤レンガの建物、風情があっていいものです。
ノリタケの森-2
ノリタケの森-3
100年前に建造された、明治時代の職人技をしばらく見つめていました。 
ノリタケの森-4
ノリタケの森-5
広い施設なので、静かな散策が楽しめます。
ノリタケの森-6
緑の樹木は、目にやさしく心が安らぎます。
ノリタケの森-7
樹木の名前が分かりませんが、緑色が鮮やかでした。
ノリタケの森-8
満開の花を手前に入れて、ワイド側で撮影したものです。
JUGEMテーマ:写真

 風情あるたたずまいが印象的な赤レンガ造りの建物は1904年(明治37年)に建築された日本陶器合名会社の最初の工場です。 1975年(昭和50年)まで活躍したこの建物は、まさに日本の洋食器の歴史を象徴するものです。(リーフレットより) 
| 尾張・名古屋の旅(後編) | 19:01 | comments(0) | - |
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